「ワンピース心中」と文豪の恋
2014年6月18日発表、アーバンギャルドの通算6作目のアルバム「鬱くしい国」。
このアルバム・タイトルは安倍晋三首相の著作「美しい国」への痛烈な批判です。
アーバンギャルドらしい毒とポップスがたくさん詰まったアルバムになっています。
アルバムのオープニング・チューン「ワンピース心中」の歌詞をご紹介しましょう。
昭和の大文豪・太宰治にまつわる恋と生と死についてポップに歌い上げます。
しかしポップなその装いとは反対に非常に重い内容を突き付けてくるのです。
数々の自殺・心中未遂を繰り返し、ついに玉川上水の畔で果てた太宰治。
彼の文学の素晴らしさとそのでたらめともいえる刹那な人生が歌詞の背景になっています。
しかし「ワンピース心中」の歌詞の主人公はあくまでも女性です。
恋と革命に生きる太宰治の小説から飛び出してきたようなモダンガールが主人公になります。
彼女はどういう訳かワンピースに固執するのです。
この設定には太宰治の罪深い過去が関係しています。
太宰治の身勝手極まりない恋に翻弄された女性からの復讐のようなニュアンスさえ感じるのです。
この曲の歌詞を徹底検証して恋に生きることの意味を見出してゆきましょう。
それでは実際の歌詞をご覧ください。
洋服が赤く染まる
あゝワンピワンピワンピワンピワンピース
白無垢 おろしたて ワンピース
もう Want Want Want Want ワンテーク
赤くして紅 ワンピース
出典: ワンピース心中/作詞:松永天馬 作曲:浜崎容子
歌い出しの歌詞になります。
登場人物は語り手の女性であるわたしと愛するあなたです。
冒頭からわたしのワンピースへの執着が歌われます。
白無垢の美しいワンピースが元の姿です。
新品のワンピースを着て街を歩いたのかもしれません。
恋に恋する少女の気持ちが歌われています。
もっと愛されたいのだという思いが滲むのです。
愛されてゆくうちに新品で白無垢であったワンピースの色も変わってゆきます。
それにしても赤いワンピースに変わるというのはどういうことでしょうか。
赤という色には情熱という意味が重なるでしょう。
恋の情熱によってワンピースが染め上がるという意味も感じられます。
一方で赤といえば血を思い出す人もいるはずです。
「ワンピース心中」はポップ・ソングですが穏やかな内容ではありません。
アーバンギャルドらしい文学への傾倒とともに不穏な毒を含んでいるのです。
恋に生命を賭けてもいいくらいの思いを抱えた少女が主人公であります。
死を呼び込む赤い血によって白無垢のワンピースが染め上がるまでを歌にしました。
本当は怖ろしい「ワンピース心中」の謎です。
あなたの生命をもらう
恋とは生命を賭けるもの
お命ください
わたしひとつあげるから
おハジキください
あなたひとつくださいな
出典: ワンピース心中/作詞:松永天馬 作曲:浜崎容子
わたしは自分の身ごとあなたに捧げると歌います。
その一方であなた自身もわたしに全部を捧げて欲しいとも願うのです。
生命のやり取りのような異様な恋の姿が描かれます。
あなたは太宰治をモチーフにした男性です。
太宰治の恋の相手は非常に多いので、わたしが誰だかの判定は難しいでしょう。
しかしワンピース姿を太宰治に見惚れられた人物だと考えた方が自然です。
太宰治が遊び呆けていた昭和初期にワンピースの女性がどれほどいたでしょうか。
わたしにまつわる数々の謎は記事の後半で解説しましょう。
わたしは太宰治に生命までも要求します。
普通の恋愛ですと生命のやり取りという観念は思い描けないでしょう。
しかしどの恋愛も本質的に相手の実存と時間というものを奪ってゆくものです。
実際は恋愛と生命というものは深い相関関係を持つもののはずでしょう。
淡薄・軽薄な風潮こそがよしとされる時代が長く続きました。
日本ではおそらく1980年以降から時代の雰囲気が軽くなってゆきます。
もう40年以上前から恋愛に軽さを求める傾向が増えてきました。
その中で恋愛というものと生命の関わりが軽んじられたのかもしれません。
「ワンピース心中」はこうした風潮に逆行します。
愛している人とは心中してその愛を完成させてみせるくらいの意気込みが見えるのです。
これはまさに太宰治の小説や私生活に見ることができる危険な恋の姿でしょう。
おハジキの記述はその点を考えると玩具ではありません。
ピストルの隠喩だと考える方が自然でしょう。
太宰治が愛した女性たち
明日よりも今日が大事
おしゃれに死ぬことが大事
遊びならば遊びでいい
宵越しの命は持たずに遊んでよ
出典: ワンピース心中/作詞:松永天馬 作曲:浜崎容子
太宰治は相当なイケメン文士です。
坂口安吾はルックスの点で太宰治に敵わないことをコンプレックスと思っていたフシがあります。
文壇カフェでくつろぐ太宰治の写真のダンディさやセクシーさは妖艶な魅力さえあるでしょう。
わたしも相手に負けまいと必死に恋に生きています。
太宰治のように何かクリエイティブな仕事をしている訳ではありません。
そのために松永天馬に発掘されるまでわたしの心境は歴史の中に埋没していました。
アーバンギャルドは太宰治のパートナーだった女性の気持ちに憑依します。
太宰治の恋に新しい光を当てることに成功したのです。
もちろん松永天馬は自身の想像力だけに頼っています。
実際の太宰治のカノジョたちの心模様をフィクション・ベースで表現したに過ぎません。
それでもカノジョたちも命がけで太宰治と恋をしていたことを強調します。
刹那な人生観・恋愛観を持っていたのは太宰治だけではなかったという光の当て方です。
女性たちも太宰治と刹那な人生観・恋愛観を共有していたことに目を付けたのでしょう。
「ワンピース心中」でのわたしは太宰治と心中未遂をともにした女性たちの感性の象徴です。
今日の生命は目の前の恋に賭けようというわたしの思いが打ち明けられます。
一歩踏み込んでその恋が真剣なものではなく遊びだったことも喝破しているのです。
太宰治の見事な文学を批判したものではありません。
しかし彼の私生活のでたらめさについてはきっちり暴いてみせます。
解釈はいくらでも
あゝワンピワンピワンピワンピワンピース
心中したいなら ワンピース
もう Once Once Once Once ワンシーン
狂わせて紅 ワンピース
出典: ワンピース心中/作詞:松永天馬 作曲:浜崎容子
わたしの洋服へのこだわりが連呼されます。
洋服は昭和初期の主流だった和装に比べると軽い装いです。
しかし西洋の文化が移入しきらないうちはまだまだ特別なファッションでした。
太宰治と恋に落ちた女性たちの肖像はどれも和装のものばかりです。
アーバンギャルドは太宰治が生きた昭和初期ではなくあくまでも現代の女性を描きたかったのかも。
太宰治の実際の相手にこだわると洋服姿に見惚れた可能性のある女性は絞られてきます。
基本的にどちらの解釈もできるように歌詞が綴られています。
昭和初期にタイムスリップさせるようなラインもありますが現代のこととして解釈しても大丈夫です。
歌詞の解釈の権利はリスナーに委ねられたものであり、あくまでも自由な発想で接するべきでしょう。
この記事ではどちらの解釈にも沿うように紐解いてみます。
いずれにせよわたしの白無垢の洋服は狂気の沙汰で紅に染まってしまうのです。
洋服を着るのも命がけというわたしの姿勢がうかがえます。