「時の過ぎゆくままに」の作詞は阿久悠。
沢田研二・阿久悠コンビの第1弾がこれです。
この曲は三億円事件を描いたテレビドラマ「悪魔のようなあいつ」(主演・沢田研二)の主題歌。
「悪魔のようなあいつ」は、未解決の三億円事件を扱ったということで、当時センセーショナルな話題をふりまいた。
作詞は阿久悠で、阿久が書いた歌詞に誰が曲を付けるか、をそうそうたるミュージシャンや作曲家達が仲間内で競いあった。
井上大輔(ブルーコメッツ)、井上尭之(「太陽にほえろ」のテーマ)、都倉俊一(「どうにもとまらない」)、荒木一郎(「いとしのマックス」)、加瀬邦彦(ザ・ワイルドワンズ)、大野克夫の6人。
最終的に選ばれたのが大野克夫の曲で、これを機にゴールデン・トリオ、沢田研二✕阿久悠✕大野克夫のチームが生まれる。
「カサブランカ・ダンディ」もこの3人のコラボ曲。
先の映画タイトルシリーズに「時の過ぎゆくままに」は入れなかったけれど、「カサブランカ」挿入歌の邦訳のイタダキだから、これを加えてもいいかも。
前時代的な歌詞に込められた、失われゆく男の美学
女を張り倒す事ってダンディなの?
前置きが長くなりました、そろそろ歌詞の説明にまいります。
ききわけのない女の頬を
一つ二つはりたおして
背中を向けて煙草をすえば
それで何もいうことはない
出典: カサブランカ・ダンディ/作詞:阿久悠 作曲:大野克夫
「女の頬を一つ二つ張り倒して」という歌詞は、暴力否定&女性尊重の現代ならば、とうてい容認できないもの。
だから、昔の男と女はこうだった、男が絶対だった、というノスタルジックな「過去のおとぎ話」と思って、聴いて下さい。
因みに、映画「カサブランカ」にハンフリー・ボガートが女性、すなわち“世界の恋人”と呼ばれた美人女優イングリット・バーグマンを張り倒す場面はありません。
これはギャング役で人気を博したボガートのアクター・イメージでありまして、「三つ数えろ」「マルタの鷹」といった映画には「女をはっ倒す」シーンが出てきます。
うれしい頃のピアノのメロディ
苦い顔できかないふりして
出典: カサブランカ・ダンディ/作詞:阿久悠 作曲:大野克夫
ここが「As Time Goes By」の流れるシーンをそのまま描写したもの。
映画では、ハンフリー・ボガートが苦虫を噛みしめるような顔でピアニストが奏でるピアノを聴いています。
「カサブランカ・ダンディ」の歌詞は、映画にあるいにしえの男のイメージ(美学)を取り込みつつ、昭和50年代の男性像を風刺する、という二重構造になっています。
“ダンディ”は当時の流行語
そしてダンディの意味が明確に出てくるサビ。
ボギー ボギー
あんたの時代はよかった
男がピカピカの気障でいられた
ボギー ボギー
あんたの時代はよかった
男がピカピカの気障でいられた
出典: カサブランカ・ダンディ/作詞:阿久悠 作曲:大野克夫
「カサブランカ・ダンデイ」の“ダンディ”はまさにこの「男がピカピカの気障でいられた」の部分。
昔の男達が女性に対して見せていた、気障なポーズや気取り、小粋さ。
“ダンディ”は、ツーコーラスめにもっと具体的に出てきます。
ボギー ボギー
あんたの時代はよかった
男のやせがまん 粋に見えたよ
出典: カサブランカ・ダンディ/作詞:阿久悠 作曲:大野克夫
「男のやせ我慢」、これこそダンディの真意。
ダンディは、年輩の男性が粋なポーズや粋な着こなしをする時に、その風情を表した言葉。
このダンディ、当時、昭和50年代(1975~1985)に結構流行っていたんです。
それは映画「カサブランカ」やハンフリー・ボガートのリバイバル・ブームがあって、昔からの映画ファンやリバイバルで初めてボガートを知った若いファンの間でブームが起こった。
ハンフリー・ボガートの男のやせ我慢をダンディ、またはダンディズムと言ってもてはやした。
でも歌詞に「あんたの時代はよかった」とある通り、そんな昭和50年代でも男が女を張り倒すような粗野な行為は、もはやNGの時代になっていた。
男のやせ我慢は、女を殴る事よりも、殴らずに“耐えること”の方に意味が移っていた。
昭和50年代は、親父が弱くなった、男がダメになった、と言われた時代です。
そんなこの時代でも、まだ女を殴っているとすれば、それは弱くなったダメ男がそれを女性に見破られないために、“意地”になってやっている、ということ。
そういった情けない男のあり方を、この当時「ピカピカの気障」で売ってたジュリーが歌う。
その矛盾が面白い。
いや、いい男のジュリーが歌うからこそ、洒落になる、というわけです。
“ボギー”はハンフリー・ボガートの愛称
きっと阿久悠が描きたかったのは、女を張り倒す行為や男のやせ我慢がダンディとは呼べなくなってきた、という時代の変化。
時代を見据える観察眼と描写力で一時代を作った、作詞家・阿久悠の面目躍如たるところです。
そして叫ばれる「ボギー(Bogie)」。
実際には「ボーギー、ボーギー」と伸ばして歌われるこれはハリウッドの映画スター、ハンフリー・ボガートのニックネーム。
ゴルフでパーをハズした時の「ボギー(Bogey)」とは違います。
よってこのサビにはこんな意味があるはずです。
“ボガートさん、あなたが女性を乱暴に扱ったり、女性のために耐える姿がカッコよく見えた時代は、よかったよ。
でもねぇ、今はそれじゃ通用しないんだ・・・”
これって男が発した、きわめて後ろ向きな「愚痴」、もしくは「ため息」です。