自分は彼に匹敵するようなメロディーを残せるだろうか。
音楽においても歌詞においても偉大な彼の業績を超えることなどできるのかと谷中敦は書きます。
しかしそうしたメロディーのひとつひとつを大切にして前へと進んでゆくのが遺された者の努めです。
もう悩んでいる時間じゃないなという意味かもしれません。
後輩たちが悲しみに埋没することをボスは望んだだろうかと問いかけるのです。
もう悲しみにサヨナラしないと前へ進めません。
死んだ人の思い出に浸っていると自分まで死に取り憑かれてしまいます。
そこに答えというものはないだろうと谷中敦は結論するのです。
肉感的な愛のために
背景にいるのは巨大なボス
終わらない幸せ
体に委ねて
出典: 流星とバラード feat.奥田民生/作詞:谷中敦 作曲:川上つよし
ボスが遺してくれたのは途方もない歓びだったよなと語り手は思います。
そうした歓びというものは肉感的な愛で知るものだとボスは教えてくれました。
もうそろそろボスの正体について語らないといけません。
この「流星とバラード」の背景にいる巨大な存在は忌野清志郎でしょう。
この曲が発表される2009年に彼はがんとの闘病の末にこの世を去りました。
忌野清志郎の死からまだ間もない時期ですが、彼から多大な影響を受けた奥田民生に声をかけます。
東京スカパラダイスオーケストラもRCサクセションのブラスサウンドから多くを学びました。
彼がこだわったのは音楽とその愛を身体で感じることでしょう。
谷中敦は歓びというものは身体に尋ねるものだと奥田民生に歌わせるのです。
それは谷中敦に憑依した偉大なボスの思想そのものでしょう。
谷中敦はときおり勢いで特に意味のない歌詞を紡ぐこともある人です。
勢いで書いたからこそ谷中敦の深層心理にある光景が反映したのかもしれません。
すべてを打ち明けた先に
真っ白な光でも
眩しくないほどに
曝け出したら もう
答えは既に手の中に
出典: 流星とバラード feat.奥田民生/作詞:谷中敦 作曲:川上つよし
間奏を挟んで一気に外へと広がってゆくようなサウンドになっています。
まるで悟りが開けたような感覚と快感がこの瞬間にあふれているのです。
光が眩しくないとは何でしょうか。
もう隠すものがないほどに愛を打ち明けたなら怖いものなどないという意味です。
その手の中に実感する愛というものを握りしめて夜の街を加速しながら進んでゆきます。
「雨あがりの夜空に」の薫りがしてきませんか。
今晩は君がご機嫌斜めでつまらないというダブルミーニングの楽曲がモチーフとして透けます。
先ほど無理やりにでも夜空に雨という表現をした理由も分かっていただけるはずです。
何にせよ自分の愛に正直になることで語り手は答えを手にします。
この過程で幸せというものを身体に訪ねた理由。
それはおそらく忌野清志郎がこだわり続けた肉感的な愛の歓びというものです。
確たる答えにはいつだって肉体的な裏付けというものがあるのでしょう。
奥田民生が歌うから
まわりも見えないスピードに
優しく奏でるバラードを
悩んだメロディー抱きしめて
モノクロの夜にさよならを
出典: 流星とバラード feat.奥田民生/作詞:谷中敦 作曲:川上つよし
そろそろ終盤に差しかかりますが、ここでリフレインを挟みます。
繰り返しになりますが大事なところですので改めて見ていきましょう。
忌野清志郎のがんとの闘病は過酷なものでした。
自転車に乗って愉快な仕種をメディアに取り上げられていましたが相当辛かったはずです。
がんが彼をあの世界へ運び去るスピードはあまりにも早すぎるように感じられて仕方がありません。
忌野清志郎とバラードという符号については後で触れましょう。
いずれにしても私たちは音楽界での巨大な損失に涙を流しました。
RCサクセション以外の活動でも素敵な歌をたくさん残してくれます。
彼の死に呆然とする心境の私たち。
しかし周囲に優しい人が多かったのが忌野清志郎の素晴らしいところでしょう。
お別れ会はロックで送り出しました。
忌野清志郎の死に悲しんでしまったら、それこそ本人が辛い思いをすると配慮されたのです。
彼こそが誰しもを愉しませた人でしょう。
とことん人生を愉しもうということをどこまでも実践した彼に谷中敦は気遣いします。
悲しいけれども物思いに耽るのはもうやめようよと奥田民生に歌わせたのです。
最後に クルマとバラードという符号
明るい恒星の光だけが届く
小さな眼の中に
光る星一つ
終わらない幸せ
体に委ねて
車で聴いていた
優しいバラード
出典: 流星とバラード feat.奥田民生/作詞:谷中敦 作曲:川上つよし
雨は上がったみたいです。
雨上がりの夜空がここにあるからこそ、また星を見ることができます。
私たちは都会の夜空の下にいることが多いでしょう。
街明かりによって私たちの目に届く星の光は一番明るい恒星によるものしかありません。
その強烈なパワーを秘めた星の光は遥か遠くにあるものでしょう。
そうあの人は星のようであったし、短いその生涯は流星のごとくでありました。
人の生命は果敢ないものかもしれません。
それでもここまで届く光の力は特別なものがありました。
忌野清志郎はこの国でロックを志す誰しもにとっての星だったのです。
その死からもう10年以上の月日が流れました。
若いリスナーはこの偉大なボスを知らないかもしれません。
ただ、一度でも触れていただければ東京スカパラダイスオーケストラの思いが分かるはずです。