楽曲について
花譜の楽曲『夜行バスにて』。
歌詞に投影されている、故郷に対する複雑な心情の中には虚無感や哀愁が漂っています。
2019年8月14日にYouTubeに公開され、公開後約1年で、再生回数は69万回を突破。
EveのMV制作などを務めるWabokuによって描かれたMVにも注目です。
どこかダークな世界観と、繊細なタッチで形どられた風景が更に歌詞の想いを増幅させます。
ロック調かつアップテンポでありながら、情強く噛み締めるように謳われている楽曲。
そこに込められている故郷への想いを1つ1つ紐解いていきます。
憂鬱なままで
故郷へ帰る
遠い目をした街灯が
今更責めたててくる
夜行バスはあと五分
ざわついた灯りが揺れている
出典: 夜行バスにて/作詞:花譜 作曲:花譜
車窓に流れる見覚えのある故郷の景色に対してどこか落ち着かない様子が描かれています。
田舎に入ると、街の光は限りなく少なくなり、辺りは真っ暗な世界へと変化していきます。
バスの背中に広がる眩しいほどに輝いている世界、その対比が美しい。
そして後半の歌詞では、段々と迫りくる故郷への複雑な心境が映し出されています。
「ざわついた~」という表現は、まさに主人公の心情の比喩。
単純に胸を高鳴らせて故郷に帰りつくことは出来ないのです。
現段階では、まだ過去の状況や現在の詳しいことまでは述べられていません。
しかしながら、主人公が故郷に抱いている想いは、決してポジティブなものではないようです。
鮮明な記憶
嫌気がさした母に連れられ
二人で浴びた朝日は
今も覚えてる
出典: 夜行バスにて/作詞:花譜 作曲:花譜
夜行バスという名称である以上、深夜から早朝にかけての運行です。
そして目的地に着く手前には、朝日を感じながら狭苦しいシートで起き上がることになります。
その時に見た故郷の朝日は、久しくもありながら、フラッシュバックするのは過去の記憶。
感情をおもむろにした母に手を引かれて夜な夜な歩いた先に見えた朝日と同じだといっているのです。
そこから考えられるのは「家出」や「離婚」といったネガティブな家族問題。
バスの中で当時の憂鬱な気分になりながら、迫る故郷に身構えているのです。
不安感と悲哀感に襲われながらも、ただ窓から景色を見ることしか出来ない主人公。
少しずつ過去の輪郭が描かれていますが、故郷に対して負の感情を抱くようになったのは、環境が要因ではないでしょうか。
幼いころから徐々に心が蝕まれていったのかもしれません。
何者にもなれない僕たちは
壮絶な日々も過ぎ去っていく
角を曲がれば雨が降っていて
通りに出れば人が鳴いていて
野良猫が泣いて爪を噛んでいる
放浪少女が抱きかかえている
そんな情景も風化していく
出典: 夜行バスにて/作詞:花譜 作曲:花譜
ここで述べられている「少女」は過去の主人公自身のことではないでしょうか。
一見では何も起こっていないように見えても、どこかで誰かが苦しんで泣いているのです。
そして、当時はそれが自分自身だったと、壮絶な過去を顧みているのだと解釈出来ます。
あれほど痛かった日々も、気づけばそこには存在せず、流離っていく。
そうなることが嬉しいことなのか、悲しいことなのかすらも自身でははっきりとは分からないのです。
主人公の心の中に飽和している想いは、虚無感や無力感の類。
楽しくて笑うことも無ければ、辛くて泣くことも無い、それはただぽっかりと空いた穴のようなものです。
主人公の過去には様々な壁があり、艱難辛苦の日々であったことが読み取れます。
だからこそ、故郷へ帰る時には、あの頃の負の感情が蘇ってくるのだといっているのではないでしょうか。
どこへ行けばいい
過疎化した夕焼けが
過ぎ去って夜の街になり
夜に溺れたがる僕たちは
廃ビルの屋上で黄昏れる
出典: 夜行バスにて/作詞:花譜 作曲:花譜