罪悪感を背負っているからと言ってずっと落ち込んでいるだけではなく、恋愛をしたり、遊んで気を紛らわせようとしたりという人間らしさや若者らしさも描かれているドラマ。
「優しくしてよ」という言葉には、そんな一面が詰め込まれています。
「後悔」しても、失われた命は戻ってこないとわかっている彼らは「馬鹿ですみません」と言うしかないのでした。
軽そうに聞こえるかもしれませんが、しかし、自分たちの「馬鹿」が自分たちが考えもつかない様な大ごとを起こしてしまった時、謝罪できる言葉はあまりにも少ないものなのです。
どんなに後悔しても、謝罪してもしきれないし、罪悪感に追い詰められて明日が来るのが怖くても「死ぬときまで死ねない」、そして、「明日が迫ってくる」。
死んでしまった人たちに対してできることはなくても、「死ぬときまで死ねない」自分たちがどうすればいいのか、考えている様子も伺えますね。
その結論が次の歌詞です。
無様でも自分らしく生きるために
生きろ今を生きろ生きろ
汚れてでも平凡でも情けなくても
生きろ死ぬな生きろ生きろ
体当たりの無様で御免自由追いかけて
生まれてきたからには何かしでかしたい
出典: 僕たちがやりました/作詞:OKAMOTO'S 作曲:OKAMOTO'S
「汚れてでも平凡でも情けなくても生きろ死ぬな生きろ」という歌詞は、逃げ続けた彼らが最後に出した答えでもあります。
自分たちのせいで生きられなくなった人たちのためにできることはもうないとしても、今自分たちが無様でも生きるということ。
しかしそれは、罪悪感から自分たちを失って、生きていくことではないのです。
自分たちらしく生きていくためにも主人公たちが罪を償って過去を清算することを選んだように、「自由追いかけて生まれてきたからには何かしでかしたい」という歌詞からは自由に生きることが悪いとは言っていないということがわかりますね。
誰にでも「生まれてきたからには何かしでかしたい」という気持ちがあり、その気持ちで何をするのか、その先が重要だということですね。
何かをしでかしたい気持ちと当たり前の大切さ
生きろ今を生きろ生きろ
当たり前を噛み締めたらまた今日も明日も
生きろ死ぬな生きろ生きろ
ありきたりの日常でいい幸せ掴むまで
出典: 僕たちがやりました/作詞:OKAMOTO'S 作曲:OKAMOTO'S
生まれてきたからには何か大きなことをしてみたいという気持ちがあることを認めつつ、「ありきたりの日常」の「幸せ」がどれだけ貴重なものかということが歌われている歌詞。
そんな「当たり前」に生きて、友達とふざけあったりできる日々の幸せを「噛み締めたら」それを取り戻すために自分たちは生きていこうと言っているのですね。
おわりに
DISH//の「僕たちがやりました」の歌詞を紹介しましたが、いかがでしたか?
ドラマの作中で、自分たちがやったことを多くの人に伝えるために「自首ソング」を作ろうとするくだりがありましたが、その時は結局、普通の高校生に、自分たちがやった罪の重さを認めながらも音楽として成立する楽曲など作れるはずもなく「これちゃうなぁ、ないな」と言ってやめてしまいました。
しかし、この「僕たちがやりました」という曲は、その「自主ソング」を現実のものにしてしまったような感じがありますね。
逃げ続けながらも追い詰められていく疾走感、そして償いきれない罪への罪悪感、若者としての自分たちらしさ、全てが詰まったこの楽曲は、見事に作品の世界観を表現しているといえるでしょう。
この記事の冒頭では、ドラマキャストとのコラボバージョンのMVを掲載しましたが、最後にオリジナルバージョンのMVも掲載しておきます。
こちらも作品の世界観を反映した、考えさせられる内容なので、ぜひチェックしてみてください。
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