青春の数だけかつての愛の残り香は濃厚になる。
学生街として活きた街はその分、たくさんの若者たちの愛を見続けてきました。
報われた愛だけでなく檸檬のように投げ捨てられた愛もあるはず。
「君」はたくさんの愛の屍を視て石にでも当たったかのように街中で躓きます。
「君」の神経には梶井基次郎の「檸檬」にある不吉な塊が巣食っているのです。
いかなるものに接するにも壊れたり息を絶えたりする悪い予感がしてしまう。
「君」は健常な人よりも少し多くのものをいかなる物事に視てしまう病に冒されています。
この青春の感じやすさこそ梶井基次郎の「檸檬」と通底するものなのです。
この病は青春期が終わるとともに消え去る人もいます。
しかし終わらない青春の中でこの病に取り憑かれて命を落とす人もいるのです。
「檸檬」にはそうした怖ろしさや危うさが描かれています。
青春は脆弱な愛の土壌
魂は壊れ物
喰べかけの夢を聖橋 から放る
各駅停車の檸檬色がそれをかみくだく
二人の波紋の拡がり数えたあと
小さな溜息混じりに振り返り
消え去る時には こうしてあっけなく
静かに堕ちてゆくものよ
出典: 檸檬/作詞:さだまさし 作曲:さだまさし
「君」と僕の愛やふたりで生きる夢は虚しく潰えます。
愛が持ちこたえるにはあまりにも脆弱な土壌。
それが「君」の病です。
僕にもまた「君」を支える強さや丈夫さがなかったのでしょう。
若く触れやすい魂の交歓。
精神的には分かりあえていたであろうふたりの愛はその分、現実に耐えてゆくには脆すぎました。
青春というのは一過性の風邪のようなものですが根治させる特効薬はありません。
若いふたりが出逢えばそこから自律的に愛が発進してしまうような年頃のお話です。
時代は変わっても本質は変わらない
今、若くして恋愛を経験している人の中にはその愛の永続性を疑っている方も多いはず。
哀しいですがその予感は的中することの方が多いように感じます。
時代は変わりLINEの既読スルー・未読スルーの中でそのことを知った人もいるでしょう。
「檸檬」の時代にはそうしたツールがなかったのですが心模様の本質のような部分は同じです。
持続できなかった愛の屍。
「君」はたくさんの青春たちと同様に自身の愛を終わらせてしまいます。
僕はそれを単純な失恋とは理解しません。
「君」の面影を想い出して一遍の歌に昇華します。
歌の中ではいつまでも青春の中にいる「君」と出逢えるのです。
しかし生まれた歌の中で「君」は必ず最後にはこのように哀しい言葉を呟きます。
「檸檬」
梶井基次郎の「檸檬」
さだまさしの「檸檬」
ともにあまりにも脆弱で感じやすい魂の結晶を私たちに伝えてくれるのです。
「失われた30年」と「檸檬」
この先も生き残る歌
1978年といえば翌年に第2次オイルショックを控えているとはいえ企業社会は堅調に成長。
日本という国が2度のオイルショックをあまり傷がなく乗り越えられたのは企業社会のおかげです。
経済は概ね右肩上がりで高度経済成長の余波を生きていました。
次の10年には空前のバブル好景気を迎えます。
しかしさだまさしの「檸檬」にしてもそうなのですが当時の創作物にはあまり祝祭感がありません。
祝祭感に欠けるものだけが時代を越えて生き延びたのかもしれません。
しかし一方で記憶の限りやはり当時の創作物は全般に暗い魂によって形作られていたと感じます。
「失われた30年」と呼ばれる現代の方が哀しい作品や暗い発想の創作物が敬遠される傾向がある。
不思議です。
文化は時代の鏡ですが本当に暗い時代には勇ましい軍歌が蔓延ります。
少し考えると怖ろしい思いをするものです。
それでも商業ベースに乗らない作家たちの作品には「檸檬」のような感じやすさがまだまだ健在。
この「失われた30年」の後に遺る作品は今商業ベースの外にあるかもしれません。
あるいは梶井基次郎の、そしてさだまさしの「檸檬」をずっと愛し続けるように旧いものが復権するかも。
今、この時代に「檸檬」をご紹介できたことを嬉しく想います。
若さや青春の本質と向かい合えたことが何よりも幸福です。
感じやすい心の有り様と触れ合えること。
「檸檬」との再会は薄暗い予兆の中で息を絶え絶え懸命に生きていた頃の記憶と交錯します。
ここまで読んでいただいてありがとうございました。
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