今日もまた、彼女は悪いことをするクラスメイトを先生に報告します。
彼女の斜め前の席に座る、いつも伏し目がちで口数の少ないあの子。
大人しいその子は、いつも悪いことをする男の子たちのいじめの標的となっていました。
もし自分があの子だったら…彼女は想像力を膨らませます。
いつも彼らにいじめられる、誰からも守ってもらえない自分。
辛い、寂しい、怖い、苦しい。
私がそう感じるのだから、きっとあの子もそう感じているはず。
あの子の痛みを感じた彼女の腹立たしさは、いつもより大きくどす黒いものに。
今日も彼らはニヤニヤとしたいやらしい笑みを浮かべながら、あの子の机を何度も蹴っています。
それを見た途端、彼女は自分の中の感情がぱちんと弾けるのがわかりました。
次の瞬間、周りの友達の悲鳴に似た叫び声が教室に響き渡ったのです。
暴走してゆく彼女の正義
泣き喚き 血が吹き出す
男子はみんな獣やから
彫刻刀で刺したんよ
教室ん中 鉄棒の匂い
せやけどさあたしらさ 悪いことはしてへんで
先生なんで泣いてんの?
先生なんで泣いてんの?
出典: 告げ口/作詞:薔薇園アヴ様 作曲:薔薇園アヴ様
悲鳴を聞いて駆け付けた先生が見たのは、地獄のような光景でした。
床に滴る赤い血。泣き叫ぶ男子たち。教室の中はまさに阿鼻叫喚。
いつもクラスメイトの悪事を報告に来る彼女が、彫刻刀を握り血眼で彼らを追い回しているのです。
やっとのことで取り押さえた彼女の顔は、今までに見たことがない恐ろしい表情で歪んでいました。
いえ、正確には彼女の顔が歪んでいるのを見たのは初めてではありません。
何度か感じた先生の不穏な予感は、最悪な形で的中してしまったのです。
その日の放課後、彼女はどこかで聴いたようなフレーズで自らの行動の理由を話しました。
いつものように、クラスメイトの悪事を報告に来る時と全く同じ、毅然とした口調で。
自らが揺るぎない正義で、先生も自分と同じことを考えているかのように。
あまりの衝撃と事の大きさのショックに涙を見せた先生に、彼女は尋ねます。
先生の泣いている理由が、全く理解できない、という表情をして。
彼女の怒りの矛先は大人たちへ
先生が子どもたちにとった行動とは
先生あんた教室に
あたしら詰めてどうすんの?
こんな中で愛し合え?
命の尊さ教え合え?
笑かすなあ 先生さ
なんでそんなん言えるんよ
先生あたし知ってるで
先生あんた夕方6時に
出典: 告げ口/作詞:薔薇園アヴ様 作曲:薔薇園アヴ様
幸い大事には至らなかったものの、この惨事は子どもたちに大きな衝撃を与えました。
そんな状況で先生が取った行動は、事件について生徒に話し合いをさせる、ということ。
これもまた、多くの人は学生時代に身に覚えがあることでしょう。
どうして彼女が彫刻刀をクラスメイトに向けるような事態になってしまったのか。
こうなってしまう前に、他に道はなかったのか。
もっとも、先生も本気で子どもたちだけでこの話を根本から解決できるとは思っていません。
しかし形だけでもこうしなければ、先生自身が周りから糾弾されてしまいます。
曲がりなりにも教育者なのに、先生なのに、あの人は一体何をしていたのか、と。
先生はどこまでも先生である為に、子どもたちが求める正義の存在である為に、この方法を取ったのです。
しかしその先生の行動は、生徒たちにはこう伝わってしまったようです。
意識的か無意識か知らず、先生の「自分はこの件には関係ない」という主張だと。
悪意に満ちた受け取り方をしてしまった、子どもたちの憤怒と憎悪。
それらが次に牙を向いた相手は、自らと同じ正義だと思っていたはずの大人たちでした。
正義であるはずの先生の本当の姿
胸少し膨らんだ
恋すら知らへん生徒を脱がして
何をしたんか知らんけど
泣いてるあの子はどうしたんかなあ?
あんたが愛を唱えたら
少女はもはや一人の女
なあなんか言うてみろ
おい
なあなんか言うてみろ
出典: 告げ口/作詞:薔薇園アヴ様 作曲:薔薇園アヴ様
とあるクラスメイトが語る、放課後の先生の姿。
教室の陰に隠れるように佇む先生の横にいたのは、着衣の乱れた泣いている自分たちより年下の少女でした。
詳細はわからなくとも、その光景がいつもの正義の姿からは程遠いことは子どもたちでもわかります。
いつしか、先生は正義の存在でも、自分たちの完全なる味方でもない。
子どもたちは、そのことに気づいてしまったのでしょう。
正義とは、一体何なのでしょうか。
彼女たちの、これまでの正義の怒りは、これからどこへ行けばいいのでしょうか。
行き場を無くした純粋な憤怒と憎悪の矛先は、これから誰に向ければいいのでしょうか。
信じていたものに裏切られた時、あなたはどうしますか?
寂しいなあ 怖いなあ
何を信じていいんかなあ
あややこやや 先生に言ったろ
出典: 告げ口/作詞:薔薇園アヴ様 作曲:薔薇園アヴ様
疑うことのない自分にとっての正義が、世の中の正義でなくなった時。
信じていたはずの正義が、正義ではなかったと知ってしまった時。
残された事実の中で、一体何が正しいものなのでしょう。
自分が何を信じればいいのか、わからなくなってしまうこともあるでしょう。
大人になるにつれて、そのような不条理なことが世の中にはたくさんあると私たちは学んでいきますね。
しかし、この曲ではその不条理が子どもたちの世界の中で描かれています。
信じたものに裏切られたことや不条理に対する悪意や憤怒、そして憎悪。
本来子どもが持つ純粋さと相反することで、その感情の濃度の濃い闇がより引き出されているように思います。