持ち味は独特のハイトーン・ボイス
希少価値のあるドラム&ボーカル
稲垣潤一はある音楽番組で『ドラムを叩きながら歌う人はもはや絶滅危惧種だ』と語っていました。
海外では「ホテル・カリフォルニア」などで渋い歌声を聴かせてくれたイーグルスのドン・ヘンリーが有名です。
日本だとシシド・カフカあたりが思い浮かぶのですが、確かにそういう人は少ないですね。
冒頭の発言は、『俺はこれからもドラムを叩きながら歌うぞ』という決意表明なのではないでしょうか。
確かにドラム&ボーカルというのは希少価値があると思います。
両手両足を使うドラムを演奏するだけでも難しそうなのに、その上さらに歌うというのは離れ業です。
しかも稲垣潤一のボーカルは一度聴いただけで耳に残る独特で心地よい味があります。
彼はデビュー以来数々のヒットを飛ばしてきましたが、今回ご紹介するのは85年の名曲「バチェラー・ガール」。
出だしからいきなり格好いいこの曲の歌詞について見ていきましょう。
主人公は振られた男?
雨音をピアノに例えるセンス
雨はこわれたピアノさ
心は乱れたメロディー マイ・バチェラー・ガール
出典: バチェラー・ガール/作詞:松本隆 作曲:大瀧詠一
この曲のどこがいいかというとオープニングからいきなり格好いいところです。
昔の曲ですが、もう少し時代を遡るとチューリップの「心の旅」もそうでした。
ドラムが入ってすぐに稲垣潤一のボーカルが始まると、ライブではきっと大盛り上がりでしょう。
『ダンッ!』というドラムの音に続いて入るあの独特な声。
曲が始まって一瞬で聴く人のハートを鷲掴みにするところが素敵だなと思います。
しかも主人公の心を濡らす雨をピアノに例えたところが、さすがは松本隆です。
ノリの良いドラムのリズムからはとても失恋ソングには思えません。
しかし、この物語に登場するふたりには同じ雨音もまったく違って感じるのでしょう。
主人公にとってはまるで傷ついた心を叩くピアノのハンマーのように感じるのです。
そのリズムもメロディーも彼にとって美しいものではありません。
タイトルのバチェラー・ガール(bachelor girl)とは未婚女性のことです。
彼女にとっては早く止んでほしい、ただ憂鬱な雨なのかもしれません。
雨の中の別れ
はねた水がとどめを刺す?
向いあう傘の中 君は横に首を振った
これ以上逢えないと 予想通りの辛い答えさ
すれちがうバスが 水たまりはねてく
出典: バチェラー・ガール/作詞:松本隆 作曲:大瀧詠一
降る雨の中、ふたりの別れのシーンです。
カフェやどちらかの部屋ではなくて外での別れ話で、もう終わりなのだなという感じが伝わってきます。
彼にとっては切なく、彼女にとっては早く終わらせたい気分なのでしょうか。
別れたいという彼女の気持ちが分かっていた彼には雨が心に直接降るように感じたでしょう。
最後の行の描写はふたりの関係が壊れてしまったことを象徴しているようです。
傘からはみ出した肩や背中が濡れていることにも気が付いていないのかもしれません。
冷たくはねた水はうつむいた彼の足元を濡らしたのでしょうか。
まさに踏んだり蹴ったりの展開です。
「僕の」バチェラー・ガール
未婚の女性に戻った彼女
雨はこわれたピアノさ
舗道の鍵盤を叩くよ マイ・バチェラー・ガール
バチェラー・ガール
出典: バチェラー・ガール/作詞:松本隆 作曲:大瀧詠一
ここでも舗道をピアノに例えた松本隆のセンスが光ります。
降る雨と悲しい雨音を奏でる舗道がセットでピアノというわけです。
雨の情景は恋の終わりの象徴で、去っていく彼女を見つめる彼が呆然と佇む様子が見えるような気がします。
彼女はもう自分のものではなく、誰のものでもない未婚の女性に戻ってしまった。
魅力的な彼女はすぐに他の誰かのものになってしまうかもしれない…。
雨も彼女も冷たく感じる彼の切ない想いは募るばかりでしょう。
彼はすぐには彼女のことを忘れられないので、「僕の」と歌っているのです。
彼女は僕のものだったのに、という気持ちなのかもしれません。