はじめに
彼らの事実上の最初のフルアルバム、「copy」がインディーズで発売されたのは、2001年のこと。
その三曲目であるこの「生活」は、いまでも名曲として知られています。
テーマは、新しくバンドとして生活を始めていこうとする歌い手の、あてどない不安や希望。
ナイーブに、実直に、気恥ずかしいまでにあからさまにその内面を歌う曲風が、すでに現れています。
これから始めようとすることへの大きな期待と裏腹の、不安や心配ごと。
ときに涙を流してまで訴えるその心情は、若さゆえの不安定さに満ち溢れています。
ではsyrup 16gの、ういういしい歌の世界へ向かいましょう。
歌詞を解説
根拠
君に言いたい事はあるか
そしてその根拠とはなんだ
涙流してりゃ悲しいか
心なんて一生不安さ
君にその存在価値はあるか
そしてその根拠とはなんだ
涙流してりゃ悲しいか
心なんて一生不安さ
出典: 生活/作詞:五十嵐隆 作曲:五十嵐隆
バンドとして歌を作り、それを世間に発表してゆく。
それはかなり思い切ったことです。
普通の人はそんなことをしません。
だまっているほうが都合がいいこともある。
一体そこまでして言いたいことが、ほんとうに自分にはあるのか。
歌い手は自問します。
そこまでする根拠とは何か。
まるで自分が担任教師にのりうつったかのような、厳しい言葉です。
自分の存在の価値とは何か。
それをわかった上で、お前はやろうとしているのか。
お前に歌を作り、人前で歌う価値はあるか。
歌い手は自問します。
厳しい視線です。
プロの覚悟
これからプロのバンドを始めようとするときに、甘い見通しは持ちません。
決して自分を甘やかしはしないぞ、と自分を鼓舞している様子が見えます。
涙を流すほど不安になることもある。
不安があたりまえなのさ、と自分に言い聞かせています。
なにか潔い、清潔な強い若者の心です。
I want to hear me
生活と動体視力
I want to hear me
生活はできそう?
それはまだ
計画を立てよう
それも無駄
君の動体視力はどうだ
そしてその目に何を見てるんだ
誰が何言ったって気にすんな
心なんて一生不安さ
出典: 生活/作詞:五十嵐隆 作曲:五十嵐隆
生活という言葉が曲のタイトルに選ばれています。
そのことが意味しているのは何でしょうか。
やはりなにより、生活してゆけるかどうかが、不安で仕方がないのです。
プロになるなら大人にならなくてはならない。
色んな人との付き合いも出てくる。
そんなことが自分にできるだろうか、と不安なのです。
自分は計画的なことは苦手なのでしょう。
前もってしっかり準備を重ねたり、慎重に事を進めてゆくのは苦手かもしれない。
衝動的なところがあるのかもしれない。
それでも、大人の部分も持たなくてはならない。
我慢できることは、我慢しなくてはならない。
そんなことを考え不安になるのでしょう。
次にくる、動体視力とはいい言葉です。
タカのような、鋭い素早い目。
世界をしっかり見つめ、その状況に機敏に反応する能力。
それがないと生きていけないぞ、と戒める。
自分が船出して行く世界は厳しい。
うかつなことではやられてしまうぞ、と身を引き締めるのです。
自分の目は何をいま見ているだろうか。
心に何が映っているか。
くだらないものを追っていないで、大事なものを捉えられているか。
他人の声など気にしちゃいけない。
ただただ自分に正直に生きたい。
もうひとりの自分
こんな世界になっちまって
君の声さえもう
思い出せないや
そこで鳴っている
そこで鳴っているのは
目覚まし時計
出典: 生活/作詞:五十嵐隆 作曲:五十嵐隆
「こんな世界に」、この一語に大きな意味が含まれています。
すこし辛い、悲しみのある言葉。
世界に対して、甘い見通しは持っていないようです。
身を引き締める。
ここからさっきの厳しさは出てくるのです。
君の声というのは、自分の中のもう一人の自分。
世間向きのかっこつけた自分ではない、弱くやさしい自分です。
ういういしかった、もう少し若かった自分。
やりたいことにあふれた、いろんなものを吸収し続けていた自分。
そうしてよく言葉を話したあの頃の自分。
もうその頃の心から自然に出る声を、最近聞いてないというのです。
さあこれからだというのに、これからが本番というのに、やや不安な自分。
世の中の、嫌な面を見てしまった自分。
そうして戸惑い、ためらっている自分。
それが彼の胸の奥にいます。
その自分に、朝、まだうつらうつらしている時間、問いかけている。
ベッドの中で自問自答していたのです。
君と問いかけるその声は、いたわりにあふれ、優しい。
もう一人の自分は君を気遣っています。
大事な君が元気が無いのを心配している。
君の声が聞きたい、力を取り戻してほしいと思っているようです。
ここには当たり前の人間の、普段描かれない世界があります。
誰もがこんな自分を持っている。
自分の中の大事な部分を持ち、それを守りながら、生きているのです。
それが傷つけば自分も動揺し、ふらつく。
そうやってけなげに生きている、ひとの姿がここにあります。