スピッツのオルタナティブ・ロック
引き摺るような重いベースの音で幕が開きます。
不穏な空気さえ漂うのですが、タイトルは軽い言葉で「ありがとさん」。
しかし歌詞を読み解くと人間の生命の裏側に入り込むような錯覚を覚えるでしょう。
軽い調子で「ありがとさん」と礼をいうのはなぜでしょうか。
そしてなぜ不穏な空気を醸しているのでしょうか。
草野正宗らしい人間の生と死を見据えた不思議な青春ソングなのです。
オルタナティブ・ロックといえるようなサウンドがカッコいいでしょう。
それでは実際の歌詞をご覧ください。
親しい君に告げたい言葉
謎の不機嫌 それすら 今は愛しく
顧みれば 愚かで 恥ずかしいけど
いつか常識的な形を失ったら
そん時は化けてでも届けよう ありがとさん
ホロリ涙には含まれていないもの
せめて声にして投げるよ ありがとさん
君と過ごした日々は やや短いかもしれないが
どんなに美しい宝より 貴いと言える
出典: ありがとさん/作詞:草野正宗 作曲:草野正宗
曲の終盤の歌詞になります。
過ぎ去った日々を思い返していますが、どこか風変わりな言葉が並ぶのです。
常識の姿ではなくなるとはどういうことでしょうか。
さらには化けてでて「ありがとさん」と君に伝えたいといいます。
草野正宗は「死者目線だよと気付いてもらえないから分かりやすいように書いた」というのです。
死者目線というのがスピッツをよく知らないリスナーには怖ろしく感じるでしょう。
しかし草野正宗は常に生と死を見据えた歌詞を書いてきました。
それをポップスとして提出するのですから人々は気付かないこともあります。
いずれにしても「ありがとさん」では死者が登場するのです。
君との生活は短いものだったけれどどんなものよりも貴いものだったから「ありがとさん」。
照れくさいくらい親しい関係だったのでありがとうございましたではありません。
よっと愛惜するように「ありがとさん」と告げたのです。
サウンドから漂う不穏な空気は死者からの言葉ですから当然でした。
特別な名演だと思われます。
4曲目「ラジオデイズ」
ノスタルジックなロマン?
ウッディ・アレン監督の名作映画に「ラジオ・デイズ」という作品があります。
ラジオしか主要な娯楽・メディアがなかった時代を描いたノスタルジックな作品です。
スピッツの「ラジオデイズ」はテレビジョンもある時代にあえてラジオを愛します。
草野正宗の青春の記憶であるのならば今のようなインターネットはなかったでしょう。
総体としてとても軽やかな演奏になっています。
多くの人がスピッツに望んでいるサウンドはこの曲のようなものかもしれません。
あふれるノスタルジーですが、いまを生きる上であの日々が必要だったと考えています。
実際の歌詞をご覧ください
ラジオ生活は現在進行形
どんな夢も近づけるように 道照らしてくれたよラジオ
危なそうなワクワクも 放り投げてくれるラジオ
遠い国の音楽 多分空も飛べる
ノイズをかき分けて 鼓膜に届かせて
同じこと思ってる 仲間を見つけたよ
何も知らないのに 全てがわかるんだ
決まりで与えられた マニュアルなら捨てて
また電源を入れるんだ
君がいたから僕は続いてるんだ
出典: ラジオデイズ/作詞:草野正宗 作曲:草野正宗
Radikoアプリの普及などでラジオも息を吹き替えしつつあります。
それでもラジオのリスナーは少数派かもしれません。
しかし音楽家にとってラジオは信頼できるメディアでしょう。
ラジオリスナーでしたならこの曲の描写に共感できるはずです。
ここで草野正宗が描いたラジオはアナログ・ラジオでのリスニングでしょう。
選局する際にザッピングをしていると局と局の間でノイズが発生します。
Radikoなどでは味わえないアナログ・ラジオの醍醐味でしょう。
このノイズを楽器にするラジオ演奏家も広く認知されてきました。
ラジオの選曲をDJが担っていたよき時代の記憶も歌われます。
DJが紹介してくれるのは主に洋楽でした。
邦楽というものはいまも昔もガラパゴス的かもしれません。
先進的な音楽を吸収したいのならば洋楽に頼るしかなかったのです。
パーソナリティはリスナーの悩みにも答えてくれます。
またハガキ職人の内容に頷く日々もありました。
いまでもこうしたラジオ文化は続いています。
「ラジオデイズ」には過去の日々だけでなくいまにも繋がっているよという思いが滲むのです。
5曲目「花と虫」
雄大ささえあるギター・ポップ
爽やかな楽曲でさらに壮大さを感じるサウンドに仕上がりました。
ドラムがここまで印象的な演奏なのも素晴らしいです。
どの楽器も活き活きとした演奏で生命力が沸き立つようでしょう。
いったいどんな意味があるのだろうと歌詞を覗くと本当に虫の視点で描かれています。
さすがに擬人化、もしくは擬態化されているので人間の言葉です。
花に惹かれてしまう虫の習性というものをこれほどドラマティックに描くのは珍しいでしょう。
人の追憶にしても虫のような小さな存在から見える世界について書いてみたギター・ポップ。
こんな曲はスピッツ以外では聴けないかもしれません。
実際の歌詞を見ていきましょう。