勝ち上がるためだけに マシュマロ我慢するような
せまい籠の中から お花畑嗤うような
そんなヤツにはなりたくない 優秀で清潔な地図に
禁じ手の絵を描ききって 楽しげに果てたい
ほらね曲がった僕の しっぽが本音語るんだ
旅することでやっとこさ 自分になれる
うち捨てられた船に つぎはぎした帆を立てて
今岸を離れていくよ
出典: まがった僕のしっぽ/作詞:草野正宗 作曲:草野正宗
近年に世界で蔓延っている冷笑主義のようなものへのアンチを表明します。
また勝利至上主義で苦痛を強いられるような社会へも批判の矛先を向けました。
発想というものには限りがないことが歌われます。
限界ギリギリの思考によって新しい価値を生み出すことを目的に生きたいと願うのです。
それは生まれ故郷に留まっているだけでは叶わないような夢に向かうためでしょう。
目まぐるしく変わる曲調の中でも歌詞の芯というものはきちんと一貫しています。
しっぽも曲がっていて素直な人間ではないかもしれません。
だからこそこの世界に新しい価値を付け加えることができるのです。
岸辺を離れて大海原へ向かってゆく意志を描きました。
陸地で安住している人々には手の届かないものを獲得するためです。
誰かが昔使っていたオンボロの船にボロ布のような帆を立てて出航します。
どこにたどり着きたいなどの希望さえ明示されません。
しかしこの先に待ち受けている思いもしないことで歓喜の声を上げたいと願うのです。
アルバム「見っけ」も終盤に向かいます。
この曲と次の「初夏の日」はアルバム後半の白眉でしょう。
11曲目「初夏の日」
フォーキーなサウンドが紡ぐものは
アコースティック・ギターのコードストロークの響きが素敵です。
基本的にフォーキーなサウンドかもしれません。
エレクトリック・セットが入った後も基本は静けさこそが大事にされます。
草野正宗の真っ直ぐなボーカルがリスナーの胸を締め付けるでしょう。
歌詞は亡くなった人への想いを紡いでいます。
「ありがとさん」とは違い、君の方がこの世界からいなくなってしまったようです。
あっけなささえ感じる終わり方はアルバム・ラストを次のロック・チューンで締めたいからでしょう。
実際の歌詞を見ていきます。
死者との対話を欠かさない草野正宗
そんな夢を見てるだけさ 止まって感じた地球も
気がつけば木曜日 同じような
でも君がいるってことで 自分の位置もわかる
光に近づこうと 泳ぎつづける
嫌われちゃいそうなやり方で 近くにある幸せじゃなく
ついについに手に入れる レアなときめきを
そんな夢を見てるだけさ 昨日も今日も明日も
時が流れるのは しょうがないな
でも君がくれた力 心にふりかけて
ぬるま湯の外まで 泳ぎつづける
出典: 初夏の日/作詞:草野正宗 作曲:草野正宗
「ありがとさん」では語り手の僕が形のないものになってしまいました。
「初夏の日」では語り手はきちんと今日を生きています。
あえて君はまだこの世界にいるという解釈も可能なようにできているのです。
しかしその解釈ではいま僕の傍に君がいないことの説明ができません。
草野正宗が死者についてよく歌にすることはファンならずとも知っていることでしょう。
誰かに死なれてしまったアーティストはどうしても死者のために鎮魂の歌を歌ってしまいます。
想い出の中には鮮やかにいる人がもうこの世界にいないということの欠落感は重いです。
その重さについて真摯なアーティストこそ目を啓きます。
後ろ向きではなく前向きにその死を抱えながら生きてゆく僕の姿は草野正宗その人のものでしょう。
君の死によって一度は止まったかのように思えた地球。
しかし世界は一人の死など気にせずに前へ進んでゆくものです。
いつもの何てことのない木曜日がやってきてしまいます。
それでも生前の君がくれたものを信じて今日も生きなければいけないのが遺された僕の努めでしょう。
くれたという過去形は寂しいものかもしれません。
それでも一度もらったものを大切にすることでかつての君の期待に応えようとするのです。
12曲目「ヤマブキ」
ロックアルバム「見っけ」の集大成
「醒めない」に引き続き「見っけ」もロックのアルバムです。
「見っけ」というロックで幕開けして「ヤマブキ」というロック・チューンで締めます。
ギターロックの見本のようなサウンドです。
草野正宗のボーカルこそがスピッツの生命ですがメンバーの名演あってこその歌でしょう。
閉塞した時代を突き抜けてゆくようなロックが気持ちいいです。
ロックなんか聴かないなんて時代になりました。
それでもロックこそロックのオルタナティブだと草野正宗は信じます。
ロックに育てられた恩だけではなくこの音楽の未来の可能性と有効性を信じているのです。
ライブなどでこの「ヤマブキ」を聴きたいでしょう。
歌詞も嫌な時代の空気をすり抜けてゆくようなテーマを歌います。
こうしたテーマの特効薬はやはりロック・ミュージックが一番でしょう。
実際の歌詞を見ていきます。
ポスト・ロックの後はロック
監視カメラよけながら
夜の泥に染まって走れば 遠くに見えてきた
あれはヤマブキ 続くよ独自のロードムービー
陳腐とけなされても 突き破っていけ
突き破っていけ よじ登っていけ
崖の上まで
出典: ヤマブキ/作詞:草野正宗 作曲:草野正宗
自分の胸に火を灯すような歌詞になっています。
どこもかしこも監視カメラで狙われている嫌な社会になりました。
治安が乱れたことが原因なのでしょうか、人心の荒廃こそが原因なのでしょうか。
鶏が先か卵が先か真相は分かりません。
ただ人々は治安維持のために相互不信の心境を優先させます。
監視カメラは荒廃した心を治すものではありません。
むしろ市民の相互監視を促進させて人心の荒廃をさらに招くものでしょう。
この監視カメラから逃れたいという思いは誰しもが持っています。
誰も干渉されることを由とはしていないはずなのに監視カメラは増え続けました。
大事な価値あるものは監視カメラには映らないかもしれません。
ヤマブキは北海道から九州まで自生しています。
低めの山ならばどこにでも咲く花かもしれません。
特に珍しい花ではありません。
ゆえに陳腐と罵る人もいるでしょう。
しかし山吹色は黄金色と同価です。
目指す価値が確かにあるものの隠喩としてヤマブキはこの歌詞に登場します。
獲得するために少しの無理をしたっていいじゃないかという思いを滲ませました。
ロックのアティテュードというものがこの歌詞にぐっと詰まっています。
ロックの反骨精神こそがオルタナティブなのだという思いが隠されているのではないでしょうか。
オルタナティブというのはもちろんこの社会で次の変わるべき価値観までも指します。
困難であってもこの現状を乗り越えようと歌う「ヤマブキ」でアルバム「見っけ」は幕を下ろしました。
エンドレス・リピートでまた「見っけ」から再生してみてください。
スピッツが示すロックというものを身体中で感じたいものです。
ポスト・ロックの解答をロックと答えるような爽快なアルバムに感謝します。
ここまで読んでいただいでありがとうございました。