伝説のシンガー・尾崎豊とは?

1983年に高校に在学しながらデビューし、1992年の26歳での突然の死まで、ライブと歌、そしてその歌詞によって大きな衝撃を与え続けた伝説的シンガー。影響を与えたアーティストは数知れず、現在でも多くのファンを生み出しています。 驚くのは、今の中学生にも彼の歌が響いているということ。twitterなどで尾崎豊の歌を毎日、聴いているというファンのつぶやきをいくつも見つけました。 いったい彼の歌の何が今も人々に響き続けているのでしょうか? 彼の曲を10曲紹介しながら、その謎にせまります。

15の夜

尾崎豊の曲はLIVEにこそ価値があったのかもしれません。熱い思いが映像から伝わります。

盗んだバイクで走り出す 行き先も解らぬまま 暗い夜の帳りの中へ 誰にも縛られたくないと 逃げ込んだこの夜に 自由になれた気がした 15の夜

出典: https://twitter.com/Ozaki_Love1129/status/907976800034111488

15歳の少年が15歳の気持ちをこんなに正面から歌えるのでしょうか? 盗んだバイクで走りだすことに倫理的な問題はあっても、そういう間違った行為によってしか自分を表現することのできない少年の心がどこまでも響いています。

尾崎豊と学校

尾崎豊は小学校時代から学校に馴染むことができず、不登校の状態にありました。この時、尾崎は学校に行く代わりに、兄が持っていたクラッシックギターを毎日弾いていたといいます。 また中学校、高校では喫煙やオートバイの事故などで停学になるなど、反抗的な学生時代を過ごしたようです。 問題行為を繰り返していた尾崎は、無期限停学処分を受けたことにより、オーディションを受け、アーティストとして生きていくことを決意しました。 社会に馴染むことができなかった彼が小学校時代から歌い続けてきた音楽というものに生きる活路を見出したのは必然だったのかもしれません。 初期の尾崎豊の音楽は、学校や社会、大人に対して反抗する、10代の気持ちをストレートに代弁する歌がたくさんあります。純粋だからこそ生きることが難しい、生きづらさを抱えていたのでしょう。

反抗する若者のカリスマとしての尾崎豊

次の2つの曲は、尾崎豊を学校や社会に反抗するカリスマにした代表曲です。

卒業

過激な歌詞が話題になり、あっという間に、怒る10代のカリスマに。

尾崎自身は学校を中退して、卒業しませんでした。 でもこの歌を歌うことで、尾崎は自分だけの卒業を実現していたのかもしれません。 過激な歌詞が話題を呼び、若者に支持されることになったきっかけの曲です。 彼は反抗する若者のカリスマになりました。 尾崎の中にある世界をみる目は、とても純粋で、だからこそこの世界をそのまま肯定することはできませんでした。 この支配から卒業するということは何だったのでしょうか?

僕が僕であるために

僕が僕であるために歌いづづけるという強い決意。

人が、心を通わせようとしながらすれ違う存在であることについて、 何より心を痛めていた尾崎。 そんな世界で、歌い続けることが、尾崎にとって生きるための戦いだったのかもしれません。

確かに尾崎豊は社会に反抗していました。でも彼はそれだけではありませんでした。

愛を歌う尾崎豊

尾崎豊の代表曲には誰もが聴いたことがあるラブソングがたくさんあります。