「罰ゲーム」は陰を象徴した楽曲

【罰ゲーム/まふまふ】ボクの○○は罰ゲームなのか?歌詞の意味を解釈!MVはYouTubeで公開中の画像

若者から絶大な支持を誇る天才マルチクリエイターまふまふ

今回はまふまふの生み出した楽曲の中でも、鋭い歌詞が特徴の「罰ゲーム」をご紹介します。

「罰ゲーム」はまふまふが今まで感じてきた思いを綴った楽曲

まふまふ自身、この楽曲は「陰」を象徴したものだと語っています。

社会への訴えかけや自問自答を繰り返す「ダークな曲調」は、若者の抱く疑問を代弁するかのようです。

公開中のMVをチェック

まふてる作画のMVがYouTubeに公開されています。

映される歌詞とともにチェックしてみましょう!

電車に乗車しながら出口を眺める少女が映っていますね。

「罰ゲーム」が収録されたアルバム「明日色ワールドエンド」のラスト、「終点」という曲も電車をテーマにしています。

一貫性を持たせているのでしょうか。

「もう許してよ」と言ったとたんに扉が閉まり、閉じ込められるのが印象的です。

歌詞から「罰ゲーム」の原点を読み解く

【罰ゲーム/まふまふ】ボクの○○は罰ゲームなのか?歌詞の意味を解釈!MVはYouTubeで公開中の画像

建物の最上階で今までを思い返す

最上階で見下ろしている
最終回が手招いている

出典: 罰ゲーム/作詞:まふまふ 作曲:まふまふ

「最上階」と「最終回」という言葉がいい感じの韻を踏んでいますね。

ぼんやりと自分を傍観している感覚なのでしょうか。

「最上」というところから、気持ちが頂点に達しているというのも伺えます。

そして建物の最上階で人が見下ろす姿を想像してみてください。

「最終回が手招いている」というのは飛び降りる衝動に駆られているとも解釈できますね。

いずれにせよ、煮詰まった状態であるのは確かです。

楽曲に込められた問題提起

等身大の愛を歌って
差別 暴力 見ないフリして
長い物に巻かれる同士
番いになって飛び去っていく

出典: 罰ゲーム/作詞:まふまふ 作曲:まふまふ

まふまふは「罰ゲーム」を偽善について歌った曲と語っています。

このフレーズではその偽善を表現しているのではないでしょうか。

学校教育では道徳的な行いを良しとしていますよね?

しかし実際いじめが起きた際、人々は手に負えない現状に対して見ないフリをする。

道徳を謳う学校側までも言い逃れをする。

まふまふが過去に受けたいじめの体験から感じた思いです。

そしてまふまふ自身も、自分に対して偽善を感じる場面があるとのこと。

こういった問題提起をしていても「自分では助けられない」から人に手を差し伸べられない現実がある。

歌詞の中で「愛を歌って」いるのは、まふまふ自身のことなのかもしれませんね。

そしていじめを見ないフリする人も自分も同じ「長い物に巻かれる同士」と表現します。

筆者の個人的な考えでは、全くの同じではない気がしますけどね。

そういった現状に目を向ける時点で、優しい心の持ち主だと思います。

強い自己嫌悪に満ちた思考

【罰ゲーム/まふまふ】ボクの○○は罰ゲームなのか?歌詞の意味を解釈!MVはYouTubeで公開中の画像

媚びへつらう自分への自己嫌悪

誰かに愛されたくて
誰もに媚び諂って
いつだって顔が歪んでいる

出典: 罰ゲーム/作詞:まふまふ 作曲:まふまふ