川崎をレペゼンする”やんちゃ”なHIPHOPグループ
ゲットーで過ごした日常が彼らの創作の原点に
近年のブームに乗って、各HIPHOPクルーの勢いが増しているのは、音楽好きの皆様には釈迦に説法でしょう。
なかでも特に熱い注目を浴びているのが「BAD HOP」です。
「高校生ラップ選手権」や「フリースタイルダンジョン」などで頭角を現したT-Pablow。
その弟のYZERRを中心としたグループで、iTunesランキングでも首位獲得など、シーンを席巻し始めています。
メンバーは全部で8人。
そのほとんどが神奈川県川崎市川崎区南部で生まれ育った保育園からの幼馴染です。
川崎市の南部は京浜工業地帯。排気ガスが蔓延する、あまりいい環境とはいえない場所です。
風俗店が林立しブルーシートで暮らす人間にあふれた町で育った彼ら。
幼いながらに盗みや喧嘩に明け暮れていましたが、驚きなのは行為を「犯罪だと思わなかった」という点。
周りの人間がみなやっていたから、常識化してしまったそうなのです。
まさに「日本のスラム」。いわば「ゲットー」で過ごした日常が彼らの創作の原点になっています。
そうしたスラム街での生活こそが彼らの反骨精神を育てる温床となっていたのかもしれません。
創作においてはプラスからスタートする人よりもマイナスからスタートする人の方が多いといわれます。
芸能人でも若い時分に道を踏み外した不良だったという人が多いのがそれを表わしているでしょう。
一見するとそれはダメなことに思えますが、しかし道を踏み外した人たちだからこそ人の弱さ・辛さが分かるのです。
本当に欲しいものは自分たちの手で獲得する以外にないことをBAD HOPのメンバーたちは叩き込まれて育ちました。
そこで培われた飽くなき向上心と飢餓感、常に「足りない」という感覚が彼らの音楽のスタイルを作り上げています。
HIPHOPのルーツを体現したキャラクター
そんな彼らのリリックには、川崎で過ごした日常がリアルに描かれています。
「実家にやくざの取り立てが来た」
「小二でたばこを吸いはじめた」
こうした描写はあくまで”普通のこと”だったそう。
警察に捕まったり普通の女の子と交際したりして、ようやく自らの「ずれ」に気づいたのです。
こうした背景はHIPHOPのルーツにかなり近いものがあります。
HIPHOPはもともと1970年代に生まれた黒人の音楽。
当時のアメリカは中産階級と低階級に二分化されており、中産階級はディスコミュージックを愛していました。
HIPHOPはディスコへの対抗のために生まれたサブカル。権力に対抗するための「ゲットー」の音楽なのです。
BAD HOPも同じようなルーツをたどって、この音楽にたどり着きました。
彼らがHIPHOPの起源を知っていたかどうかは分かりませんが、カルチャー自体を体現している存在だといえます。
ちなみにHIPHOPに打ち込むことで、非行を繰り返す日々を抜けたとのこと。
YZERRはインタビューにこう答えています。
「普通の仕事は絶対に続かなかった。HIPHOPはやっぱり楽しいから打ち込めた」。
もっともこれはHIP HOPに限らず、全てのアーティストといわれる人達が共通に抱えている思いかもしれません。
世間的な「普通」という価値観はそれ自体が本来は1つの物差しに過ぎないのであり、所変われば品変わるものです。
しかし、現代日本は凄く画一的で、教育でも仕事でも何か1つのことではなく様々なことが出来るゼネラリストを求めます。
それは決して悪いことばかりではないのですが…。
いわゆる「一流」と呼ばれる天才やスペシャリストを生み出しにくくもしているのです。
一流と呼ばれる人たちは何もかもをそつなくこなせる人よりは寧ろ1つの分野をとことんまで極めていった人たちでしょう。
そして、BAD HOPのメンバーたちもまた自分達が好きで楽しくやっているHIP HOPを極めたスペシャリストです。
「好きを仕事にする」ということの大変さを決して大変だと感じないでやってのけられる人達ではないでしょうか。
グループ名の由来とは
「イレギュラー」を意識したグループ名
メンバーのイメージもあり「BAD HOP」というグループ名は「悪いHIPHOP」と思われがち。
しかし実は全く違います。
「BAD HOP」とは「野球のイレギュラーバウンド」という意味。
芝生の不調などでバウンドが変わってしまい、大きく跳ね上がってしまうことを指します。
「誰にもう動きを予測できないイレギュラーな存在でありたい」というメッセージを込めているのです。
今となってはピッタリな名前ですよね。いい意味で期待を裏切り続けてほしいHIPHOPグループです。
では、メンバーそれぞれのプロフィールを紹介していきましょう。
T-Pablow
グループが躍進したきっかけを作った男
1995年11月3日生まれ。読みは「ティーパブロウ」。本名は岩瀬達哉。
abemaTVが仕掛けた番組に出演し、全国に名を広めたBAD HOPの中心メンバーです。
「高校生ラップ選手権」ではクールなライムと独特のフロウを見せ2度も優勝。
「フリースタイルダンジョン」でモンスターとして抜擢され、圧巻の強さでチャレンジャーを次々と倒しました。
そのセンスを日本HIPHOP界のレジェンド「ZEEBRA」が見出して自身のレーベルにスカウト。
BAD HOPが躍進するきっかけを作ったといってもいいでしょう。
弟のYZERRとは「TWO WIN」というラップグループを組んでいます。
歩んできた人生もまた魅力的。
中学時代に単身ニューヨークに渡航してストリートカルチャーに触れたことがきっかけとなりました。
高校進学はせず、中卒でありながら音楽一筋で自身の道を切り開いたという凄まじいエネルギーの持ち主です。
そのエネルギーが今のグループを躍進させるひたむきさ・向上心となってグループに活かされているでしょう。
正に道なき道を行き、そこで沢山の正解を作って後に続くメンバー達の礎となってくれたのです。
彼が居なければHIP HOPがここまでBAD HOPが大成することはなかったのではないでしょうか。
YZERR
BAD HOPのブレーン
1996年生まれ。本名は岩瀬雄哉で、T-Pablowの実弟にあたります。読みは「ワイザー」。
実質「BAD HOP」全体の指揮を執っているブレーン的な存在だといっていいでしょう。
「高校生ラップ選手権」にも出場経験があります。
彼の言動から感じるのは、非凡なプロデュース能力。
ただ単に遊びでHIPHOPをしているわけではありません。
業界のトレンドや市場の動向、リスナーの心理などがきちんと頭に入っています。
そのうえでBAD HOPの音楽性を決めて「金を得る」ための戦略までできている。
ここまで名が広まったのも彼のプロデュース能力があってこそでしょう。
また海外のトップアーティストを引き合いに出してさらなる高みを見据えているのも特長。
言動の1つひとつから高い向上心を感じます。
彼がグループをリードしながら音源を作ることで、ここまでのヒットにつながったのでしょう。
医療少年院で兄のT-Pablowとラップのリリックをしたためていたりした経験値が大きく生かされています。
若き時分においては凄まじい問題行動を起こして警察のお世話になった不良でもありました。
少年院で過ごす中で社会に対する不満や鬱積のみならず社会的弱者の心を誰より分かっていたのでしょう。
T-Pablowが凄まじいエネルギーをもって切り拓いた道を綺麗に舗装し、しっかり通りやすくしてくれるのが彼です。