誰しもあまり思い出したくない悲しい過去はあるものです。

それでも彼は「悲しい過去なんか1つもない」人に憧れていました。

彼の「悲しい過去」とはなんでしょうか。

一体彼に何があったのか、この曲の歌詞からは読み取ることができません。

でも、「細心の注意を払って生きて」「率先して自分のことをけなす」彼。

そんな癖がついたのはきっと深く傷つけられたことがあるから。

何かに怯えながら生きているようにも見えます。

そんな僕は君という人に会えて
大事なことに気付かされた

出典: ビンテージ/作詞:藤原聡 作曲:藤原聡

彼は「君」に出会って気付かされた「大事なこと」はどんなことでしょうか。

僕が気付いたのは

キレイとは傷跡がないことじゃない
傷さえ愛しいというキセキだ

出典: ビンテージ/作詞:藤原聡 作曲:藤原聡

これです。このフレーズ。

冒頭でご案内した名フレーズとはこのこと。

藤原さんが座右の銘としてTwitterのプロフィール欄に載せたのはこの部分でした。

これが「僕」の気付いた「大事なこと」です。

「キレイ」は「理想」、「傷跡」は「悲しい過去」とほぼ同義といえます。

彼の価値観は大きく変わったのです。

悲しい過去は隠して生きていきたい。なかったことにしたい。

そんなキレイな人間が理想的だ。

そう考えていた彼でしたが、今は違います。

悲しい過去によって負った傷さえも愛しいと感じてしまうキセキ。

それこそが理想の美しさなのだと思うようになりました。

なぜそう思うようになったのでしょうか。

それは彼自身が「君」の傷さえも愛しいと思い、「君」が美しいと感じたからに違いありません。

「キセキ」って何だろう

2つの「キレイ」

ところで、サビ部分の歌詞にはカタカナ表記が2ヶ所あります。

これらはなぜ漢字ではなくカタカナで表記されているのでしょうか。

まず「キレイ」には「綺麗」「奇麗」があります。

前者が常用漢字ではないため後者が使われるのが一般的で、意味の違いはありません。

しかし「綺」と「奇」には明らかな意味の違いがあります。

「綺」は綾織の絹のことです。

対して「奇」には「奇妙」「奇抜」といった熟語がありますね。

ここからわかるように、珍しい、気味が悪いといった意味があります。

本来の「美しい」という意味には「綺麗」の方が近いのではないでしょうか。

「奇麗」からは「珍しいほどの美しさ」「気味が悪いほどの美しさ」という意味が汲み取れます。

この歌詞の「キレイ」の表現には漢字表記によるこうした意味の違いが関係していそうです。

「僕」が理想としていた美しさは「奇麗」すぎた。

「綺麗」っていうのはもっと違う形だったんだな。

同じ「キレイ」でも大きな違いがあることに気が付いた、と考えることができます。

もしくは、「綺麗」でも「奇麗」でもなく「キレイ」と表記するのがしっくりくるシンプルな美しさ。

それを表現したかったのでしょうか。

2つの「キセキ」

「キセキ」には「奇跡」「奇蹟」「軌跡」などの漢字表記があります。

「奇跡」と「奇蹟」はめったに起こりえないことを指します。

ほとんど同じ意味で使われますが後者は聖書で使われ、神が起こす現象を意味するのが本来の用法です。

一方で「軌跡」はまったく違う意味を持ちます。

車輪が通った跡。轍(わだち)に由来し、これまでの道のりを意味します。

「傷さえ愛しいというキセキ」

では、それぞれの意味を歌詞に当てはめてみましょう。

傷さえ愛しいという「奇跡」

隠したいものであった傷が愛しいなんてこれまでの自分には考えられなかった。

そんなことはあるはずがなかったのに、今はそう思えるのですね。

傷さえ愛しいという「軌跡」と考えるとどうでしょう。

「僕」が「君」と出会った瞬間から今までを振り返っているようなニュアンスです。

何かに怯えながら生きていた彼は「君」と出会ってから少しずつ変わっていきました。

「君」の美しさはどこから来ているのだろう。始めは不思議だったかもしれません。

やがて同じ時間を重ねるうちに気付かされました。

過去の傷を隠すことなく生きている「君」は美しい。

怯えながら生きるのはやめて、悲しい過去さえも愛せるようになろう。

「君」のおかげで「僕」の理想の生き方が変わりました。

僕らの恋はどうなる?

酸いも甘いも味わって

酸いも甘いもって言えるほど
何も僕ら始まっちゃないけれど

出典: ビンテージ/作詞:藤原聡 作曲:藤原聡

「酸いも甘いも」このフレーズ、どこかで聞き覚えがあるような…?

そう思ったあなたは勘が鋭いですね。