「しるし」がリリースされた2006年にはまだ、「音楽を聴く」=「CDを買う」という図式が色濃く残っていました。
当時すでに「着うたを買う」「インターネットメディアで聴く」ことによるCDを買わないという選択肢自体はありました。
しかし当時は、現代よりもさらにアルバムやシングル単位における構成の持つ影響力はさらに強かったように思います。
CDを買って、家に帰って封を開けてプレイヤーにセットして、歌詞カードでも見ながら再生ボタンを押すーー。
そんな流れで、まず一通りは全編を流して聴こうという姿勢をとる人が多かったのではないかと思われます。
しかし、YouTubeを視聴しやすいスマホや定額音楽配信サービスの普及が急速に進んだ昨今。
我々は、シングルやアルバム単位ではなくあくまでも曲単位で音楽を聴くようになりました。
その分、わたし達はより自分の好みの新しい音楽に気軽に触れられる機会を持てるようにもなりました。
そのどちらが良い悪いの話ではなく、時代とともに生活における音楽の楽しみ方は多様化しているといえます。
そして、受け手側である我々に「アルバムやシングルを通して聴く機会」の損失というのは大いに生じているはずです。
あの時代だったからこそより色濃く感じ取ることのできた、シングル「しるし」における「ひびき」の役割ーー。
曲単位で聴くだけでは決して汲み上げることのできないその魅力について、言及していきたいと思います。
シングルとしての「しるし」について
シングル「しるし」には、「しるし」「ひびき」「くるみ-for the Film-幸福な食卓」の3曲が収録されています。
全ての曲のタイトルにひらがなが用いられているという共通性が、シングルとしてのまとまりをより強固なものにしています。
ちなみに「ひびき」のタイトル案は当初、漢字表記の「響き」や歌詞に登場する「クラッカー」などが挙げられていたそう。
しかし、ドラムの鈴木英哉の案により「ひびき」に決まったというエピソードはミスチルファンの間では有名な話。
なお、このシングルの表題曲「しるし」は、ドラマ「14才の母」にも起用され大ヒットとなった誰もが知る名曲です。
別れすらをも包括した大きな愛を歌い上げる歌詞に、オーケストラを取り入れた曲調も含めて、とてもスケールの大きい楽曲ですね。
そんな壮大な愛のバラード「しるし」に続いて「ひびき」が歌い上げるのは、もうすでに僕らの手の中にある日常そのものでした。
「しるし」が歌っているもの、歌い零しているもの
君とのひとつひとつの記憶の中に愛を見い出していく壮大な愛のバラード、「しるし」。
その一方で「ひびき」が描くのは、君と過ごす今という日常に幸せを見出していく姿でした。
「しるし」には、君との記憶を辿ることで最大級に愛が高まった瞬間を切り取ったかのような、特別な切実さがありました。
そんな「しるし」だけでは歌いきれなかった、日常のなんてことのない幸せに光を当てて、「ひびき」がまるで補っているかのような印象を受けました。
一番身近で大事な人との今ある日常を幸福として拾い上げて、あくまで前向きに生きていこうとする「ひびき」。
同じ愛というテーマを扱いながらも、その異なる切り口により聴く者を飽きさせないところもまた、製作者側の意図を感じさせます。
過去、現在、そして未来へ
そして、同シングルについて語るにおいて欠かせないのが、3曲目に収録されている「くるみ-for the Film-幸福な食卓」の存在です。
ミスチル屈指の名曲である同楽曲が歌い上げるのは、「君が居なくなった後にも続く明日という日常への希望と葛藤」であると感じています。
「くるみ-for the Film-幸福な食卓」には過去や現在を連想させるフレーズも多く登場するのですが、それらを踏まえた上で未来のことを歌う曲です。
君との記憶という過去を歌った「しるし」、今手の中にある幸せを歌う「ひびき」、そして未来に向かうその足取りを歌う「くるみ」。
シングルという極めて少ない曲数の中で、過去、現在、未来に沿って、ひとつの作品として非常に高度なレベルで完成されています。
その点からも、このシングル「しるし」は、2000年代のMr.Childrenを最小単位で完成させた名盤として語られるべき作品だとわたしは思っています。
「ひびき」が僕らの心に響かせたかったものとは
桜井和寿は、同楽曲において、当たり前の日常が保たれていることの紙一重さを掬い上げて、曲にしています。
日常の中にすでにある幸福に気づくということは、案外難しいものです。
ついつい隣の芝を青く見てしまったり、無い物ねだりをしてしまったり……。
そんな風に何かを手に入れようと必死で欲張りなわたし達にこそ、大きな気づきを与えてくれる一曲だと思います。
今回の記事でわたしが述べてきた考察に関しては、あくまで個人的な見解によるものなので実際には様々な解釈が可能かもしれません。
しかしながら、「ひびき」は、最終的にブレる事のない大きなひとつの答えをわたし達に伝えようとしてくれています。
その答えとは、「幸せは身近にあるんだよ。」というとてもシンプルなもの。
朝スッキリ目覚められたこととか、いつものカフェの珈琲が美味しかった事とか、今日も君が側に居てくれている事とか。
そんな日常の小さな幸せと沢山響き合って生きていくことこそが、人生の醍醐味なのかもしれません。
そんな瞬間を一つでも多く持つことで、いつか死ぬ前にも「幸せだったなあ。」と思えるのではないでしょうか。
まとめ
「ひびき」は、リリース自体は10年以上も前の楽曲です。
しかしこの曲が歌うテーマはとても普遍的なもので、いつの時代もわたし達が抱える現状に驚くほどピッタリと寄り添ってくれます。
歳を重ねたからこそ感じられる尊さも相まって、全く古びれないどころか人生を経るごとに曲の輝きが増して聞こえる一曲ではないでしょうか。
是非、当時聴いていたという人も、まだ聴いた事のない人も、この曲をあなたの人生のひとつの勇気にしてみませんか。
以上、Mr.Childrenの「ひびき」についての考察でした。
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