職人芸の「The skilled」
2019年4月3日発表、餓鬼レンジャーのアルバム「ティンカーベル ~ネバーランドの妖精たち~」。
このアルバムに収録された「The Skilled feat. LITTLE & FORK」をご紹介しましょう。
餓鬼レンジャーにとって大切なものは何かについて歌われた楽曲です。
日本語ラップに求めるものは何かというテーマはリスナーによって答えがそれぞれでしょう。
餓鬼レンジャーはアーティストの側からこの問いについて解答しています。
そこには言葉の職人芸というものへのこだわりが貫かれているのです。
ライムというものはどうあるべきかなどというかなり壮大な議論をしています。
こうあるべきという押し付けのようなものはありません。
餓鬼レンジャーはこの路線で突っ走るという美学を表明しています。
餓鬼レンジャーのファンのみならず、日本語ラップのリスナーすべてにとって大事な一曲です。
歌詞はかなりの情報量を誇りますので覚悟してください。
しかし伝えたいことはあくまでもひとつなのかもしれません。
餓鬼レンジャーがこの曲に込めた想いについて徹底解釈しましょう。
「韻」と時代性
「韻」は捨てられないもの
The skilled 頑固職人 やりすぎで丁度良い ちゃんと置く韻
The skilled 頑固職人 違いの分かる君 感度良すぎ
出典: The Skilled feat. LITTLE & FORK/作詞:YOSHI, LITTLE, FORK 作曲:DJオショウ
歌い出しの歌詞になります。
タイトルを早速回収してみせるのです。
「The skilled」とは熟練した、もしくは腕のいいなどという意味になります。
誰が熟練しているのか、もしくは腕がいいのでしょうか。
もちろんここでは自分アゲで餓鬼レンジャー自身のことになります。
何について熟練しているのかについても早々に表明するのです。
それが「韻」になります。
日本語ラップの職人として「韻」にこだわり抜いているという美学を表明するのです。
文学や詩の世界では長らく「韻」を考慮しない時代が続きました。
近代詩で「韻」から解き放たれる詩人が登場し、さらに現代詩では「韻」は反動とさえ見做されます。
しかし音楽の世界では長らく「韻」というものが重宝され続けました。
最新のJ-POPでもOfficial髭男dismの歌詞に「韻」へのこだわりがたくさん見受けられます。
一方でヒップホップ文化でこそ「韻」というものは生命のようなものとして考えられました。
本場のNY・ブロンクスでヒップホップが産声を上げた瞬間から「韻」は大事なもの。
だから餓鬼レンジャーにとっても「韻」へのこだわりは捨てられるものではない。
これが「The skilled」の歌詞の本旨です。
「韻」に神様は宿るのか
The skilled 頑固職人 拘りの言葉に ファンも黙認
踏み外せば足をすくわれる 固く踏め 心救われる
出典: The Skilled feat. LITTLE & FORK/作詞:YOSHI, LITTLE, FORK 作曲:DJオショウ
餓鬼レンジャーの「韻」への執着が宗教的な情熱と同価のものだという表明がされます。
「韻」を踏むことであなたは救われるのだというのですから相当なものでしょう。
ヒップホップの神様への祈りのようなものが背景にあります。
もともとヒップホップには固有の悪ガキ感みたいなものがイメージとして付着していました。
しかしヒップホップの始祖はゴスペルや黒人伝道師の説教にも求められます。
もちろんヒップホップは反権威という性格を持ち合わせているものです。
教会の威光のようなものに特に信頼を寄せている訳ではありません。
あくまでも音楽的な要素としてプリーチャーの真似をしただけでしょう。
ただしこれはキリスト教的な権威への不信だけが背景になります。
ヒップホップそのものを大事なものとして考える餓鬼レンジャー。
救いだってヒップホップの伝統に求めていてもおかしくはありません。
何を信じようが個人の自由でしょう。
そして信じていれば心が実際に救われるようなミラクルをヒップホップは起こせます。
一方で「韻」を踏まないものは痛い目に遭うというのです。
そうなるとすべての現代詩人は罰が当たります。
それどころか生活の言葉は「韻」を意識しません。
つまり私たち生活人全員が咎められてしまうのです。
この辺の描写は日本語ラップに携わるアーティストだけに向けられた言葉のなのでしょう。
メッセージが第一
ラップに見る化学反応とは
言語と言語 トレンドと連動 その延長線上で継ぐ伝統
熟練工 潰れんと続けんぞ 抜く名刀 フルベット 組むセット
メッセージ×押韻×メンタルで爆ぜるメンバー
未だ火花散らし掛ける研磨 跳ねる鍵盤で駆け抜けんだ
出典: The Skilled feat. LITTLE & FORK/作詞:YOSHI, LITTLE, FORK 作曲:DJオショウ
「韻」を踏むことの美学を歌っている楽曲でこそ「韻」をめいっぱい揃えます。
すべての言葉で「韻」を踏もうという野心すら伝わってくるのです。
一方で熟練した職人という設定も維持します。
工場での作業現場と「韻」を踏む職人芸を重ね合わせるのです。
アメリカ合衆国のポーに衝撃を受けたフランスの近代詩人が「韻」というものから逃れようとしました。
それでも近代詩と現代詩を繋ぐ詩人といわれるマラルメでさえ初期の作品では「韻」を踏みます。
かつての詩というものは「韻」の美しさというものを大切にしました。
こうした形式美・様式美のようなものが人間の感性を制約の中に閉じ込めると詩人は気付きました。
しかし上述のとおり最新のJ-POPにでさえ「韻」を踏むことが健在です。
歌詞というものはメロディと密接な関係があるので「韻」という制約をむしろ愛します。
一方で餓鬼レンジャーはこの曲の中で大切なものの優先順位を示しているのです。
大事なものとしてメッセージが最初に挙げられます。
その次に来るのが「韻」です。
さらにメンバーのメンタリティを挙げます。
この三者が化学反応を起こして創られる芸術がヒップホップなのだと歌うのです。
いくら「韻」を踏んでも肝心の内容がなければ虚しいものでしょう。
そのためにメッセージこそを最初に挙げるラインを添えました。
職人芸のようにどこまでも計算され尽くした歌詞なのです。
「韻」と現代思想の親和性
待たせたな的な離れ技これは 詞×仕掛けが要になる
バカげたラップと鼻で笑うなら あなたにも当たる流れ弾
分かればたぶん感度良好 rock on 届く実感と証拠
ふざけてるようでちゃんと残す 芯の部分は断固no joke
出典: The Skilled feat. LITTLE & FORK/作詞:YOSHI, LITTLE, FORK 作曲:DJオショウ