酸いも甘いも噛み分ける
身を削りながら生きることも
忘れ去られながら老いてゆくのも
優しい素振りや醜(いや)しい癖も
世間にとっちゃナンの意味もない
出典: 大河の一滴/作詞:桑田佳祐 作曲:桑田佳祐
スーパー・スターの桑田佳祐であってもこんな寂しい人生観を持っているのかとはっとさせられます。
あるいはスターであるが故にこうした危機感を持ち合わせているのかもしれません。
スターはどんな苦労も笑顔に変えてゆかなくてはお金を得られない職業でもあります。
失敗作を生むと途端に世間は手のひら返しをするでしょう。
スター・システムは資本主義社会と切っては切れないものである一方で音楽そのものの本質とは相容れません。
メジャーな商業ベースでなくてもいい音楽を生んでいる方はいっぱいいます。
生まれながらの音楽家である桑田佳祐はスター・システムの皮相さを見抜いているのです。
音楽と社会を切り離すことはできませんが、音楽と世相はともに移ろいゆくもの。
その辺りに果敢無さを感じざるを得ないのでしょう。
桑田佳祐は近年、「ピースとハイライト」などで一部の政治思想の持ち主たちからバッシングを受けました。
中には彼の出自に対して酷いデマを流す人々もいます。
桑田佳祐はそのことにいちいち反論などしません。
社会の温かさも冷たさも両方知っているのでしょう。
今一度奮起したいけれど
「ラケル」の側溝に葬ったもの
逢わせて 咲かせて 夢よもう一度
渇いた心に命与えて
酔わせて イカせて ダメよもう二度と
野暮な躊躇(ためら)いも今はただ
ラケルの横道に埋めました
出典: 大河の一滴/作詞:桑田佳祐 作曲:桑田佳祐
サビです。
女はもはや遠い過去の恋人という関係でしかありません。
高揚しながら畳み掛けるように言葉を発します。
悲観的な自分に喝を入れるように歌うのです。
桑田佳祐の万感の想いが沁みた本当に良いライン。
あの女と逢いたい。
逢えばまた若き日の活力が戻る気がすると歌います。
しかしすぐに戻ったところでそれはいけないと想いを捨て去るのです。
過去の恋愛は心のうちで知らず知らずに美化されがちなもの。
あのとき何故別れたのか。
あのとき何故うまくいかなかったのか。
その理由を忘れて追憶にしがみついてしまうのです。
しかしそんな想いはもう渋谷宮益坂のオムライス店「ラケル」のそばに葬ったと歌います。
「ラケル」は本当に美味しい卵料理の洋食店です。
渋谷・宮益坂にあるのが本店ですが皆さんの街にもあるかもしれません。
「ラケル」のオムライスは若いうちに一度食べた方がいいです。
お値段もお手頃ですから若者たちのデートに向いています。
話が横道にそれてしまいましたがこの歌がとことん渋谷の街にこだわり抜いているのを分かってください。
人生は「ライク・ア・ローリング・ストーン」
とにかくボブ・ディランに訊けばいい
Dylan(神)が宣(のたも)ふ、時代は変わり
答えは風に吹かれていると
心 ブルーにこんがらがって
転がる石は女の如く
出典: 大河の一滴/作詞:桑田佳祐 作曲:桑田佳祐
ボブ・ディランの曲名からの引用です。
この曲のサウンド自体にボブ・ディランのテイストはないのですが若き日の桑田佳祐にとっての神。
「時代は変わる」「風に吹かれて」「ブルーにこんがらがって」「ライク・ア・ローリング・ストーン」
すべてボブ・ディランの名曲です。
桑田佳祐はこの曲の歌詞を向田邦子や中島みゆきの影響の下に書いたといいます。
中島みゆきはこうした引用はしない人なのですが細かいことはいわないでおきましょう。
桑田佳祐はこのシングルの1曲目の「ヨシ子さん」ではデビッド・ボウイの死去について歌っています。
とことんロックにこだわり抜くシングルにしたかったのでしょう。
フォーク期のボブ・ディランもロックに転向したボブ・ディランも両方好きなようです。
ボブ・ディランを今も愛している人はすべての時期を愛しています。
偉大なオリジネーターにあやかったのでしょう。
一方でこの歌詞の舞台設定が若かりし頃であることを証明しているラインでもあります。
子どもたちへの責任
うまくバトンを渡せるか
人波に押され 溺れながら
子供らはどんな未来を描くの?
黒い瞳の見つめる先に
何が待ち受けているのでしょう?
出典: 大河の一滴/作詞:桑田佳祐 作曲:桑田佳祐
この国の未来はあまり明るくなさそうです。
「失われた30年」
経済の著しい停滞は先進国から衰退国への転落を思い起こさせます。
子どもたちに託す未来の心細さは大人たちがしっかりと反省して自覚しなければいけないことです。
桑田佳祐は真摯にこの国の社会について考え抜いて歌詞を書きます。
バブル経済を謳歌した世代は刹那的に生きることを選んで大切なところで道を誤りました。
桑田佳祐の胸のうちには悔恨のようなものが渦巻いているようです。
若者世代は「失われた30年」が人生そのものです。
そのために景気がよかった時代を知らないので相対的に現状に不満を持ちようがなくなっています。
さらにその下の子どもたちはどんな想いで生きてゆくのでしょうか。
こうした深刻な告発を桑田佳祐は行います。