矢沢永吉とは?
日本ロック界の先駆け
独立独歩のステータスの確立という点に於いて、矢沢は現在のロック系大衆音楽界ビジネスの開祖的存在である
出典: https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9F%A2%E6%B2%A2%E6%B0%B8%E5%90%89
高校卒業後すぐに上京し、1972年にロックバンド「キャロル」をジョニー大倉らと結成します。
当時の若者が聞いていたのは、歌謡曲やフォークです。
彼は商業的に受け入れられていなかったロックをメジャーにする下地をつくります。
現在では、多くのミュージシャンの曲にロックの要素が入っていますね。
ここから、日本のロックシーンに多大な影響を与えた矢沢永吉の神話が始まります。
稼げるロック歌手に
1975年CBSソニーからソロデビュー。
1977年には日本人で初めて、ソロのロック歌手として日本武道館でコンサートを行います。
1978年「時間よ止まれ」がオリコン1位となり、ミリオンセラーとなります。
「時間よ止まれ」が収録されているアルバム「ゴールドラッシュ」も1位。その年、長者番付歌手部門トップを果たします。
それまでは、ロック歌手というと「食えない」というイメージがあったのが、矢沢の活躍で世間のロック歌手像を一新してしまいました。
ライブミュージシャンとして
1975年ソロデビュー以降、「ライブと言えば矢沢永吉」と言われるほどショーマンシップ溢れるライブを展開してきた。自身のロック・スピリッツを明確に表現できるのはステージであると確信し、積極的にツアーを行った。(中略)2012年まで総ライブ数は1800回を超え、ライブの実績において他の追随を許さない
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1970年代半ばよりアメリカ進出にします。
その後、また活動の拠点を日本に戻したときに、テレビ番組のインタビューに答えて、これからは最高のライブを目指してやっていきたいと言っていたのが印象的でした。
マイクターン
2015年NHK「SONGSスペシャル」で、そのとき66歳となった矢沢が老いと向き合いながらロックンローラーとして生き抜いていく姿が紹介されました。
ほんとうは、長年酷使した彼の身体は、もう「マイクターン」をできるような状態ではないそうですが、それでも微動だにせずパフォーマンスをする彼の姿は感動的でした。
初回放送 総合 2015年9月25日(金)
タオル
E.YAZAWAとロゴの入ったタオルは、ファンとしてはライブの持ち物として必須です(もちろん、持たない人もいるでしょうが)。
代表曲では多くの人がいっせいに「タオル投げ」をします。
たとえば、「トラベリン・バス」(Travelling Bus)という曲はアンコール以降に歌われることが多いのですが、曲に合わせてタオルを投げます。
ちなみに今回紹介するライブツアー「TRAVELING BUS 2017」の名前もここから来ています。1977年のコンサート・ツアー「TRAVELING BUS '77 PART-1」「TRAVELING BUS '77 PART-2」が初めてでした。