松永天馬がマシンガントークのように言葉を発する箇所です。
オリジナルバージョンよりも「水玉病 HARAJUKU HOLIC Ver.」の方が聴き取りやすくなっています。
歴代の有名な女性の固有名詞が登場するのです。
お馴染みの人物もいますし、説明が必要な人物もいます。
まずにフランス絶対王政の最後の王妃が登場。
アリス・リデルとは「不思議の国のアリス」で有名なあの主人公の少女のモデルです。
さらにホロコーストによって死に追いやられた少女が登場します。
次いで2019年に亡くなったフランスの女優、アンナ・カリーナ。
彼女はゴダールの映画に主演女優として活躍し、ヌーベルバーグの流れの中でのヒロインです。
いずれもいまでは死に絶えた人ばかりであります。
アンナ・カリーナはアーバンギャルドが「水玉病」を発表したときは存命でした。
しかしゴダール映画の中で銃殺される描写があります。
下着の中に水玉があるという表現は女性にとって不快なものかもしれません。
松永天馬はこうした一歩も二歩も踏み込んだ表現をする人なのです。
いずれの人物にも戦争状態というものが背景にあります。
松永天馬は戦争というものにこだわって作詞することが多いです。
肥大化したエゴの始末
アンナ・カリーナ銃で撃たれて 赤く白く赤く塗りつぶして
アンナ・カレーニナ線路に身を投げ 赤く白く赤く塗りつぶして
あなたになれないわたしがつくった あなたをこわしたわたしの心は
自殺行為より自傷行為より自意識過剰を自重せよ
出典: 水玉病/作詞:松永天馬 作曲:松永天馬, 谷地村啓
アンナ・カリーナについてはすでに紹介した通り映画の中で頻繁に殺されます。
アンナ・カレーニナはトルストイの小説の主人公です。
上流階級で不倫の愛に生きた彼女は死に追いやられるという結末になります。
トルストイは道徳を重んじた人でもありますので彼女は作者の手で殺されたようなものです。
「水玉病」で紹介されるこの女性たちは皆、しっかりとした自我=エゴを抱えた人物であります。
しかし時代の趨勢の中で異端者として生きる女性ばかりで最期は死に追いやられるのです。
自ら望んで異端者になった女性ばかりではありません。
また実際の死というものよりも作中の中でこの世を去ることに注目した人物もいます。
松永天馬は永遠の少女としてこれらの人物を列挙するのです。
そして最後にこのようなラインを添えました。
自殺行為より自傷行為より自意識過剰を自重せよ
出典: 水玉病/作詞:松永天馬 作曲:松永天馬, 谷地村啓
メンタルが安定しない少女期に起きがちな事件について触れています。
少女の死因の第1位は自殺です。
リスト・カットなどの自傷行為に走りがちな女性が多いのも深刻な問題でしょう。
自傷行為によって逆に自殺にまで至らずに済むというケースもあります。
本人もこうした癖のようなものがあることを隠さずに生きている場合が多いです。
松永天馬はこうした自分の肉体を傷付ける行為よりも自意識過剰であることを指弾します。
世界の中で私だけが苦しんでいるのというようなメンタリティで悲劇のヒロインを気取る少女たち。
それってすごく恥ずかしいことだからやめようねというアドバイスをするのです。
自殺や自傷行為よりも罪深いものだと批判します。
少女の肥大化したエゴは確かに手に負えないものかもしれません。
周囲よりも自分の心を最優先する感性は世界の中でどうしても孤立を余儀なくされます。
少女は死を覚悟する
水玉病にかかった少女は血をみます
足の隙間から細い手首から水玉ぽつぽつ
下着よごした少女たち都会の真ん中つどえ
見たくないものや嫌なもの全部にぽつぽつさせて
出典: 水玉病/作詞:松永天馬 作曲:松永天馬, 谷地村啓
水玉病は死に至りかねない病なのかもしれません。
あらゆるところに血のドットを見つけてしまいます。
女性の宿命である生理についての描写があるので取り扱いが難しい歌詞でしょう。
一方で都市と少女の在り方というアーバンギャルド固有のこだわりが貫徹しています。
少女は都市や資本主義の消費社会のど真ん中で可愛くなってゆくという分析をするのです。
彼女たちの消費活動は社会のトレンドを左右するようになりました。
女子高生向けのマーケティング調査はいまでは日本社会にとって欠かせないものになります。
少女が支持するものこそが流行の最先端になってゆくのです。
この傾向は早くは1980年代にすでに存在していました。
おニャン子クラブなどの現役女子高生アイドルが時代を作る風潮を生みます。
その舞台こそ渋谷・原宿です。
渋谷・原宿の女子高生たちのファッションや文化が一時は世界を席巻しました。
いまでこそ他のアジア諸国の文化を憧れながら追い続ける女子高生たち。
しかしかつての日本の少女たちは世界に向けてkawaii文化を輸出する主体でもありました。
「水玉病」のオリジナルバージョンが登場した時期はまだこうした傾向が健在です。
東京の少女たちが嫌がるものは社会から排斥されます。
水玉で都市を埋めて自分の好きな世界を生み出すのです。
エゴの後と先と
ややこしい叙述を読み解く
あなたがつくったわたしがつくったあなたを赤く塗りつぶしたいの
わたしがつくったあなたがつくったわたしを白く塗りつぶして
出典: 水玉病/作詞:松永天馬 作曲:松永天馬, 谷地村啓
一見、ややこしい叙述になっています。
少女期固有の感じやすい魂を思い出しながら解説すると真相が見えてくるはずです。
少女期は周囲の影響をモロに受けやすい時期でしょう。
自分でエゴを生み出したのか、あるいは誰かの影響によって自我を作り出したのか分からなくなります。
実際に大人になっても男女問わず自分の組成がどのようなものかは分からないものです。
まだ稚さが滲む少女期であるならばどこまでが本当の自分か分からないものなのでしょう。
相互依存関係の中で相手を自分色に染めてしまいたいとも願います。
一方で相手の要望によって自分を染め上げて欲しいとも願うのですから複雑でしょう。
ここでも少女は対象を水玉で埋めてゆきます。
草間彌生は自身の視界に登場する水玉で作品という対象物の中を染め上げるのです。
「水玉病」に罹患したすべての少女にもこうした傾向があるのでしょう。
あなたへの復讐の心が芽生えて
あなたがこわしたわたしがこわしたあなたを赤く塗りつぶしたいの
わたしがこわしたあなたがこわしたわたしを白く塗りつぶして
出典: 水玉病/作詞:松永天馬 作曲:松永天馬, 谷地村啓
水玉病での色彩は赤か白しかありません。
これは草間彌生の代表作の傾向にぴったり当てはまるものです。
もちろん長い作家人生の中で彼女は違う色彩にも挑戦します。
しかし草間彌生といえば白地に赤のドットか、赤字に白のドットの世界を思い起こすでしょう。
彼女は現実にあるものを「水玉病」で覗いた世界のままに染め上げます。
「水玉病」を患った多くの少女も対象を水玉で塗りつぶしてゆくのです。
少女期には自分という存在を作り上げてくれる人にもたくさん出会います。
一方で自分を害するような人の影響も受けてしまうのです。
人格というものは一度壊されるとしばらくは何もできない状態が続きます。
しかし再度、起き上がって自分を作り直すことだってできるのです。
そのうちに少女の中で強固なエゴが誕生します。
相手に破壊された恨みは、強靭になったエゴで仕返ししたいと願いに成長するのでしょう。
自分の思う通りに相手を水玉で塗りつぶすことを画策するのです。