ポールの憤りが透ける「ゲット・バック」
「ゲット・バック・セッション」の行方
ブライアン・エプスタインの死後にビートルズの舵取りを担ったポール・マッカトニー。
しかしビートルズのメンバーの動向は個々バラバラで中々上手くいきません。
「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」などで複雑になったビートルズのロック。
反動で素直なロック・ミュージックに立ち返ろうとさせた「ホワイト・アルバム」ですがここでは個々バラバラ。
メンバーのソロ作品を集めたような仕上がりになってしまったが故に名盤になった「ホワイト・アルバム」。
その後にバラバラになったビートルズをもう一度ひとつのバンドとして甦らせたいとポールは想います。
そこでポールが立ち上げたのが「ゲット・バック・セッション」と呼ばれるレコーディングです。
カメラをレコーディング現場に入れてできるだけシンプルな演奏で昔のようにロックをしたい。
そしてアルバム「ゲット・バック」を制作したいとポールは願います。
メンバーもポールの意見を承諾して録音を開始しますが製作は難航し最後には断念されました。
このセッションの一部は映画「レット・イット・ビー」で鑑賞できます。
ポールのジョージに対するいじめなどを観ると「ああ、このバンドは長くない」と思うはずです。
「ゲット・バック・セッション」は一度お蔵入りしますがフィル・スペクターによって完成されます。
それがアルバム「レット・イット・ビー」です。
フィル・スペクターお得意の過剰なオーケストレーションが魅力でもあり欠点でもあります。
ポールはこの事態に怒り心頭だったよう。
それでも「ゲット・バック」はシングルとして先行して発売されていたこともありシンプルな演奏です。
ポール・マッカトニーの葛藤や怒りが見え隠れする「ゲット・バック」の歌詞を和訳して解説します。
それでは原詩を見ていきましょう。
ジョジョとはジョン・レノンのこと
カリフォルニアの芝生?
Jo jo was a man who thought he was a loner
But he knew it couldn't last
Jo jo left his home in TUCSON, ARIZONA,
For some CALIFORNIA GRASS
出典: ゲット・バック/作詞:Lennon=McCartney 作曲:Lennon=McCartney
原詩を和訳してみましょう。
「ジョジョは自分を一匹狼だと見立てていた
でもそんな態度はもうもたないって分かったんだ
ジョジョはアリゾナ州ツーソンの家を後にして
カルフォルニアの芝生に惹かれて行ったよ」
この歌詞のジョジョとはジョン・レノンのことを指すというのが定説です。
このことをジョン自身がどう受け止めていたのか気になります。
下町の不良少年だったジョンがビートルズで居場所を見つけてカリスマになってゆく。
しかし大スターになるに従って心に穴が空いていきます。
その軋みを「HELP!」の頃にすでに悲鳴を歌に変えて唄っていたのがジョン・レノンです。
心の穴を埋めたのは先妻のシンシアではなくオノ・ヨーコでした。
アリゾナ州ツーソンとジョン・レノンは何の繋がりもありません。
ポールはジョンに関係ない土地を持ち出して歌詞に普遍性を持たせようとしたのでしょう。
カルフォルニアの芝生のラインは危険です。
大人しく「カルフォルニアの緑」「カルフォルニアの芝生」などの意味で訳しておきました。
しかし多くの専門家にとってこのラインでの「GRASS」はあくまでも大麻のことです。
当時、重度の麻薬依存症だったジョン・レノンに正気になれと叫んでいるのでしょう。
ちなみにビートルズのメンバーに最初に大麻を薦めたのはボブ・ディランだといわれています。
ボブ・ディランは当時のビートルズのメンバーにとってもカリスマです。
憧れのカリスマが薦めるものならとメンバーも大麻に手を染めてしまいます。
大麻は日本ではもちろん今でも違法ですし、当時の欧州でも人の道を外れたものとの認識が普通でした。
しかし「ゲット・バック」の頃のジョンは大麻以上に危険な薬物「ヘロイン」の依存症にまでなっています。
これにはポールも「自分たちは浮世離れしているとは思っていたけれどショックだった」と回想しました。
ジョンよ、ビートルズに戻ってきて
ポールの願いは虚しく
Get back, Get back, Get back to where you once belonged.
Get back, Get back, Get back to where you once belonged.
Get back, Jo jo, Go home
出典: ゲット・バック/作詞:Lennon=McCartney 作曲:Lennon=McCartney
ジョン・レノンにかつて自分がいた場所「ビートルズ」に戻ってこいとポールは歌っています。
薬物依存から足を洗って正気になってほしいという想いが滲むのです。
またこの頃、ジョン・レノンはすでにソロ活動への準備をしていたかもしれません。
プラスティック・オノ・バンド名義でファースト・シングル「平和を我等に」を発表。
「ゲット・バック」の僅か3ヶ月後にソロ活動に軸足をシフトしています。
「平和を我等に」はまだクレジットが「Lennon=McCartney」です。
しかし1969年10月の「コールド・ターキー」は「John Lennon」ソロ名義になります。
ポールの「ゲット・バック」の掛け声も虚しく、いよいよビートルズは崩壊するのです。
「ゲット・バック」は排外主義への抗議
「ゲット・バック」の暗い出自
「ゲット・バック」のクレジットはいつもの通り作詞作曲「Lennon=McCartney」です。
しかし上述の事情からこの曲はポール・マッカトニーによって創られた曲になります。
完成形に至るまでに歌詞の方は様々な変遷を辿りました。
「ゲット・バック」は自分の居場所に帰れという内容の歌です。
何故こうした言葉になったのか?
実は最初はジョン・レノンなどメンバーに宛てた歌ではありませんでした。
元々は英国保守党議員の外国人排斥に関わる妄言がヒントになっています。
保守党の中でも重鎮の議員が「血の川」演説の中で「Keep England White」と差別発言をしました。
印パ戦争の余波からパキスタンからの難民が増えたことに英国内の差別主義者が排斥運動を開始します。
映画「ボヘミアン・ラプソディ」の冒頭でも当時のイギリスの事情が描かれていました。
フレディ・マーキュリーが同僚に「パキ野郎(パキスタン人の蔑称)」と呼ばれるシーンがあります。
フレディはパキスタン人ではないのに「パキ野郎」との差別を受けていたのです。
当時のイギリスにあった外国人排斥の気運を如実に表す出来事であります。
ポールはこうした傾向に一貫して反発していました。
ポール・マッカトニーは差別主義が大嫌いなのです。
ポールは差別主義者の「帰れ!」つまり「ゲット・バック」という言葉を逆説的に用いて歌詞にします。
ところがこの逆説のからくりがリスナーに伝わるかどうかが議論になりました。
結局、ポールはこのヴァージョンを破棄して今に遺る歌詞に変更します。
「ゲット・バック」というサビのアイデアには暗い出自があったのです。