「世情」を映す声を聴く

中島みゆき『世情』の歌詞の意味が深すぎる・・・。○○を見たことから誕生した歌詞の意味を徹底解釈!の画像

1978年4月10日発表、中島みゆきの通算4作目のアルバム愛していると云ってくれ」。

中島みゆきの創作の歴史の中でも特別な名盤としていまなお多くの人に愛聴されています。

このアルバムのラストに収録された楽曲世情」をご紹介しましょう。

中島みゆきが書く歌詞はバラエティに富んだ内容で様々なタイプのものがあります。

この「世情」は彼女の作品の中でも解釈がとりわけ難しいことで知られる楽曲です。

聴く人によってそれぞれの解釈が分かれる歌詞ですし、中島みゆきは公式な模範解答など示しません。

どんな歌詞であってもこの解釈が一番正しいなどというものはないでしょう。

とりわけこの「世情」については様々な人が特別な思い入れを持って解釈しています。

一方でこの曲の歌詞の解釈に関して自分なりの答えも見いだせないと悩んでいる方も多くいるのです。

この記事は「世情」の歌詞の意味と中島みゆきがこの曲に託した真意に迫ります。

しかし万全な答えを断定的に提出する記事でもありません。

それでも「世情」の歌詞の解釈の大きなヒントになるものを書き留めます。

答えのない問題のようですが、切り口に関して大切な要点を踏まえてこの曲に切り込みましょう。

この先も多くの人たちを魅了するだろう中島みゆきの不朽の名作に込められた謎に迫ります。

それでは実際の歌詞をご覧ください。

やさしい言葉と難解な歌詞

指示内容を丁寧に探ってゆく

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世の中はいつも 変わっているから
頑固者だけが 悲しい思いをする

変わらないものを 何かにたとえて
その度崩れちゃ そいつのせいにする

出典: 世情/作詞:中島みゆき 作曲:中島みゆき

あまりにも有名な歌い出しです。

もうこの時点で難解な歌詞であることがお分かりいただけるでしょう。

中島みゆきはここで何か特別に難しい言葉を用いている訳ではありません。

しかしその指示内容を理解することが難しいのですから不思議です。

それでも順を追って丁寧に歌詞を紐解いてゆきましょう。

少しずつですが理解のヒントになる光が見えてくるはずです。

中島みゆきによる独白のように

中島みゆき『世情』の歌詞の意味が深すぎる・・・。○○を見たことから誕生した歌詞の意味を徹底解釈!の画像

この「世情」には多くの人たちが登場します。

しかしその人たちの中で取り立てて主人公といえる登場人物をすぐには発見できません。

一方でナラティブ、つまり語り口・語り方は作者である中島みゆきの独白によります。

しかし中島みゆき自身の姿は多くの登場人物の影になる部分に隠れこんでいるのです。

そのために明白な意味や簡単な解釈というものを許してくれません。

まず彼女は時代の変遷というものについて語ります。

時代というものは常に移ろいゆく宿命にあるのだと歌うのです。

しかしこの時代の変わりように対応しきれないような人間はいつも辛い思いを強いられるのだと語ります。

確かに時代があまりにもめまぐるしく変わることについて行けないという人は多いです。

戦後の日本社会は生活様式や消費社会の有り様をどんどん塗り替えながら発展してゆきました。

中島みゆきが経験した高度経済成長時代などは特にその傾向が大きいでしょう。

「世情」が発表された1978年はあと10年後に空前のバブル経済期を控えています。

時代というものは常に成長という変化と一体となって流れを作っていったのです。

移ろいゆく時代に取り残されて

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中島みゆきはこのように時代が変化することについて指摘しています。

ただ「世情」の冒頭に現れた頑固な人物が思い悩んだ理由を知る必要があるでしょう。

この頑固な人物は時代という変化するものの中で何について嘆いているのでしょうか。

おそらく価値観というものが変わってゆくことをこの人物は特に気にしているのです。

価値観というものはその時の経済や政治の状況によって大きく変化します。

特に貧しい状態から豊かになるなど経済的な変化は人々の社会意識や価値観を大きく変えるのです。

頑固な人はこの価値観の揺らぎというものにどうしても馴染めずに泣く羽目になります。

古い価値観を持ち続けたいと願うこの人物はいつか社会の中で淘汰されてしまう運命なのです。

というのも時間の流れは常に前進しているものでしょう。

この前進する時間の中で人類も概ね進歩というものを重ねてきました。

もちろん歴史は単調で一直線な進歩史観では描けません。

しかし人類は絶えず技術革新を続けて生産力を高めることで生活を豊かにしました。

そうした進歩というものは実社会を絶えず揺らしながら変えてゆきます。

例えば産業革命は絶対王政を倒す市民革命の準備になりました。

絶対王政の夢を見続ける人は時代の中で淘汰されます。

王政が倒される際に王族たちは市民による処刑という目に遭いました。

それはグロテスクなことかもしれませんが、市民革命の意義を否定しては今日の資本主義社会もありえません。

時代の必然と呼ぶべき変化と進歩という流れの中で頑固な人物は嘆いてしまいます。

この流れは必然のようだし、人類の逃れられない宿命であることを中島みゆきは見据えるのです。

一方で中島みゆきはこの頑固な人への評価を決め付けてはいません。

この頑固な人物へのジャッジをする主体は中島みゆき個人ではないのです。

この人物を頑固な変わり者だと片付けてしまうのは時代そのものであります。

時代というものは漠然とした概念のようですが、現実社会そのものの歴史に基づくものです。

それこそ無数の人々が参加している市民社会の在り方そのものの総体が時代の正体でしょう。

誰が同情しようとも頑固な人物はこうした時代の流れの中で息絶えて置き去りにされるのです。

中島みゆきはそのことを嘆く訳ではありませんし特別な主張も加えません。

あくまでもこの箇所に関しては観察して得られた事柄を冷静に描写しました。

彼女のこうした冷徹な視線というものが、まず多くの人に畏怖の念を感じさせたのでしょう。

歌い出しですぐにリスナーにとって畏怖の対象になってしまったのです。

この天才は何を語っているのかと戸惑う人が多かったでしょう。

ただ、噛み砕いてみてゆくと朧気にですが中島みゆきは否定できない現実を描写したと気付けます。

時代の変化というものは絶対であって、そこで頑迷な価値観を保つことは至難である。

そんな社会の在り方の現実というものを冷静に提示してくれたのです。

サビは何を伝えるのか

目の前を過ぎったデモ隊の声

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シュプレヒコールの波 通り過ぎてゆく
変わらない夢を 流れに求めて
時の流れを止めて 変わらない夢を
見たがる者たちと 戦うため

出典: 世情/作詞:中島みゆき 作曲:中島みゆき

この箇所こそ多くの人を悩ませているラインです。

使われている言葉からデモ隊を目撃している時に中島みゆきの深い洞察がなされたと理解できるでしょう。

しかしデモ隊が傍を通り過ぎたことは分かるのですが、中島みゆきが何を伝えたいかが分かりません。

1978年という時代背景の中でデモはまだ頻繁に行われていたことに注意しないといけないでしょう。

デモというと安保闘争や学園紛争などを最初に思い出す人も多いはずです。

しかし社会運動にも色々なものがあります。

1978年という時代には多くの政治団体・市民団体にとってデモという手段は身近なものでした。

デモ隊が求めたものは概ねよりよい社会にしたいという願いです。

1980年代頃からしらけ世代と呼ばれる若者たちが登場してデモに対するイメージも変化しました。

デモに対する否定的な意識が芽生えた背景には明らかに過激化したデモへの市民的な不信があります。

しかしデモのやり方への不信感というもので、多くのデモ隊が願ったものを拭い去ることはできません。

世界各地の主要都市でいまなおデモが頻繁に起こります。

そのデモ隊の主体の多くは権力や大資本などの巨大なパワーなど持たない市民たちです。

巨大なパワーに負けないためにデモの隊列を組んでシュプレヒコールをしています。

中島みゆきはこのデモ隊には加わっていません。

しかし傍を横切るデモ隊が叫ぶシュプレヒコールが彼女の心を揺さぶりました。

「世情」はデモ隊の声というものが中島みゆきに与えたインスピレーションこそが基軸になっています。

歌詞に現れる「弁証法」に注目