中島みゆき『世情』の歌詞の意味が深すぎる・・・。○○を見たことから誕生した歌詞の意味を徹底解釈!の画像

では実際に中島みゆきはデモ隊のシュプレヒコールから何を受け止めて、何を歌ったのでしょうか。

この段階になると多くの人が解釈で躓いてしまうのです。

しかしこの箇所に中島みゆきが仕掛けた叙述と思考の方法についての理解を進めると少しずつ謎が解けます。

キーワードは「弁証法」です。

「弁証法」と聞いても高校時代の授業で多少触れた記憶しかないと思われる若いリスナーも多いでしょう。

しかしこの「弁証法」という思考の仕方は中島みゆきの青春時代ではとても身近なものでした。

中島みゆきは藤女子大学の学生です。

しかしサークル活動は北海道大学の学生と行っていました。

この学生時代に中島みゆきは政治運動と関わり合いを持ちます。

北海道大学の学生たちの政治談義などに感化されたというエピソードはファンならお馴染みでしょう。

初期の名曲店の名はライフ」はいつも学生たちが政治談義を交わしていた喫茶店を歌ったものです。

こうした喫茶店などで中島みゆきはおそらく「弁証法」というものを識ったのでしょう。

当時の学生たちにとって必須科目であったのがカール・マルクスの思想です。

カール・マルクスはヘーゲルが定式化した「弁証法」を自身の理論に援用しました。

もちろん「弁証法」というものはカール・マルクスやヘーゲルだけの専売特許ではありません。

それでも中島みゆきが「弁証法」の知識を得たのは北海道大学の学生たちとの会話の中でしょう。

直接か間接かは歴史の闇の中ですが、中島みゆきはこの「弁証法」という思考の仕方を吸収します。

そして「世情」という楽曲で実際に詩作の中に「弁証法」を採り入れて思いを紡いだのです。

「世情」は「弁証法」の綴り方

矛盾と対立の統一について

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この記事で「弁証法」について講義をする訳にはいきません。

しかし「世情」の理解にとってなぜ「弁証法」が不可欠なのかは実証します。

まず「弁証法」についての簡単な知識をWikipediaから引用しましょう。

全てのものは己のうちに矛盾を含んでおり、それによって必然的に己と対立するものを生み出す。生み出したものと生み出されたものは互いに対立しあうが(ここに優劣関係はない)、同時にまさにその対立によって互いに結びついている(相互媒介)。最後には二つがアウフヘーベン(aufheben, 止揚,揚棄)される。

出典: https://ja.wikipedia.org/wiki/弁証法

正直なところWikipediaの叙述ですら簡単に理解できるものではありません。

ただ、ここに現れるいくつかの印象的なワードに注目してください。

すべてが矛盾を抱えていて、対立し合うものがある。

しかしこれらの矛盾する双方は対立しているからこそ結びついているのです。

これが「弁証法」という思考の仕方になります。

「弁証法」というものは現象の本質に矛盾が生じるように見えた時に解決の糸口になる思考の仕方です。

中島みゆきも「世情」のサビの中で矛盾して対立するものを示しています

その矛盾を彼女は「弁証法」の力を借りてひとつの詩へと昇華したのです。

もう一度、サビの歌詞を精緻に見ていただきましょう。

描かれた矛盾と対立の果てに

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シュプレヒコールの波 通り過ぎてゆく
変わらない夢を 流れに求めて

出典: 世情/作詞:中島みゆき 作曲:中島みゆき

デモ隊が抱く夢について語られています。

多くが力なき市民の集まりですから為政者や資本家の夢とは違うでしょう。

おそらく人類の進歩はひとりひとりの市民がもたらしてきたという夢です。

この思いは社会全体の暮らしの水準を高める努力で生活をよりよくしたいというささやかなものでしょう。

ひとりひとりの市民というものはこうして生活や社会をよりよくすることを夢見ています

シュプレヒコールで伝える夢を市民というものは変わることなく持ち続けるのです。

実際に上述した通りに紆余曲折を経ながらも人類は進歩を続けています。

時代の流れというものの進歩性に確信を抱いているからこそそこに夢を託す市民は絶えないのです。

時の流れを止めて 変わらない夢を
見たがる者たちと 戦うため

出典: 世情/作詞:中島みゆき 作曲:中島みゆき

続くこの箇所でまた分からなくなるかもしれません。

シュプレヒコールをあげている主体であるデモ隊も変わらない夢を持っています。

そのデモ隊が変化しない夢を見る人物と闘うことを宣言する描写で矛盾が生じるのです。

中島みゆきはわざわざこの矛盾した描写をしました。

この対立する矛盾を「弁証法」で止揚して堅い意志を表明したのが「世情」の真髄です。

また夢が変わらないという点では同じですが、時の本質に関して意見が対立するふたつのグループを描きます。

デモ隊は時の流れに進歩というものを確信している側です。

一方、時代の移り変わりというものを頭ごなしに否定する頑固な人物を再登場させました。

この人物は時代の変遷で変わりゆく価値観を認められません。

だからこそいっそ時代の流れを堰き止めて同じ価値観を維持し続けることを求めます。

この人物の夢は変わりようがないのです。

しかし利益という点でデモ隊とこのようの人物は衝突を余儀なくされます

そしてデモ隊はこの頑迷な夢想者たちと闘うためにシュプレヒコールをあげると描くのです。

対立する者同士が闘う有り様を中島みゆきはどちらにも属さない立場で見ています。

そのために「弁証法」という思考の方法でひとつの詩へとまとめ上げることを可能にしました。

中島みゆきは対立や矛盾というものを意図的に描きだしながら「弁証法」を用いて詩として統一させます。

こんな離れ業とも思える詩作に20代で挑戦して成功させているのですから破格の才能です。

しかし中島みゆきは観察した現実や事象に書いているとはいえ時代の傍観者であろうとはしません。

彼女の心をまず揺さぶったのはあくまでもデモ隊が繰り出すシュプレヒコールだったからです。

中島みゆきがデモ隊の繰り出す声を聞いて心揺らがさなかったら「世情」は生まれていません。

この「世情」の生誕にまつわるそもそもの出発点の確認はどこまでも大切です。

浅薄な文化人を嗤う

私たちの小さな嘘は免罪される

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世の中は とても 臆病な猫だから
他愛のない嘘を いつもついている

包帯のような嘘を 見破ることで
学者は世間を 見たような気になる

出典: 世情/作詞:中島みゆき 作曲:中島みゆき

使われているのはやさしい言葉ばかりとはいえ、この箇所も解釈が難しいでしょう。

まず中島みゆきは世間というものを猫に喩えるのです。

猫というのはご存知の通りに非常に繊細で神経質な動物であります。

猫は動物とはいえ自分がしでかした失敗を誤魔化す癖もあるのですから面白い存在でしょう。

一方で世間というものはあまり可愛げがなく愛玩動物に喩えるのは不思議かもしれません。

しかし中島みゆきは可愛げのある嘘や誤魔化しというキーワードを媒介にして世間を猫と重ねます。

中島みゆきは特に世間というものを断罪する気持ちはないために愛玩動物に喩えたのです。

その罪のない嘘や誤魔化しのようなものは猫がしでかす仕種のように仕方のないものと思っています。

嘘つきと糾弾したり怒りを示しても猫はキョトンとするか人間を怖がるだけで問題は解決しないのです。

自分の身を守るための少しの嘘は赦されるという思いを猫の仕種に重ね合わせるのは中島みゆきの優しさ。

一方でこの少々の嘘にも目くじらを立てる人々について彼女は批判の矛先を向けるのです。

学識者や文化人という人びとの営為について中島みゆきは疑問を呈します。

タレント文化人の言葉の軽さ