ビートルズにとって「抱きしめたい」はアメリカで最初の大ヒットシングル曲です。
意外なようですがこれまでの4作のシングルはアメリカでは苦戦しました。
なぜかというと弱小レーベルからしか発売できなかったのです。
イギリス・EMIの販売権を持つキャピトル・レコードがビートルズの楽曲に首を縦に振りません。
担当者のデイブ・デクスター・ジュニアという人がこれまでの楽曲は「売れない」と判断しました。
この人は坂本九の「SUKIYAKI(上を向いて歩こう)」の大ヒットのきっかけを作った大人物です。
デイブ・デクスター・ジュニアは「何度もいうが彼らは売れない」といい続けていました。
ところが「抱きしめたい」を聴いてその判断を180度転倒させます。
「本当にこれはビートルズの新曲なのか?」と疑うほど、本人にとっても意外なことだったようです。
これはビートルズ側にも戦略があったからこその成果でしょう。
ビートルズは「抱きしめたい」をあたかもゴスペル音楽かのようなコーラス・ワークで仕上げました。
ジョンもポールもアメリカの音楽をよく勉強しています。
彼らにとってアメリカの音楽は母親のような存在だったのでしょう。
アメリカの音楽から絶大な影響を受けているのです。
ビートルズにとって自分たちのロックンロールにゴスペル音楽の影響を反映させることは容易なことでした。
しかし、メンバー全員が卓越した音楽家だからこそ生みえた曲が「抱きしめたい」です。
ロックの垣根を超えてポピュラー・ミュージックとして革命的な楽曲に仕上がります。
デイブ・デクスター・ジュニアもこの変化には興奮したようでプロモーションに力を注ぎました。
結果、アメリカ全土に「ビートルズ旋風」が吹き荒れます。
サイモン・アンド・ガーファンクルの歌詞に「1964年はビートルズの年」という一節があるほどです。
「抱きしめたい」は1993年12月にアメリカで発売されます。
愛は隠せやしない
日本でも最初のシングル・カット
And when I touch you I feel happy inside
It's such a feeling
that my love I can't hide,
I can't hide, I can't hide!
出典: 抱きしめたい/作詞:Lennon=McCartney 作曲:Lennon=McCartney
音楽史に遺る逸話があるラインです。
「君に触れるだけで
僕はハッピーになれるよ
心からね
こんな感じの気持ち
僕の愛はさ
隠せやしないのさ
隠せやしないのさ
隠せやしないのさ」
愛は観念ではなく肉感で得られるものこそを信じた方がいいです。
この歌の主人公も彼女に触れることで幸福になります。
観念では愛は裏付けされません。
肉感的な愛の裏付けがない恋愛は理想のぶつかり合いの中で崩壊することがしばしです。
手を握りたいというのはまだまだ大人しい穏やかなアプローチ。
「抱きしめたい」となるとまた意味合いが変わってくるのです。
しかしこの邦題「抱きしめたい」が当時のビートルズのパブリック・イメージにぴったりだったのでしょう。
日本でもこの曲が最初にシングル・カットされたようです。
デビュー当時のビートルズの持つ「荒々しさ」をうまく表現した邦題なのかもしれません。
ボブ・ディランの一世一代のうっかり
この箇所はその後の音楽史に遺る、ある「勘違い」を生みます。
そのうっかりさんはボブ・ディランです。
I can't hide,
I can't hide, I can't hide!
出典: 抱きしめたい/作詞:Lennon=McCartney 作曲:Lennon=McCartney
この箇所をボブ・ディランは空耳してしまいます。
クイーンズ・イングリッシュと米語の違いがなした奇跡なのでしょうか。
ボブ・ディランは「I get high!(ハイになる!)」と聴き間違えます。
なおかつ、「ビートルズが麻薬での高揚を歌っている!」と非常に勝手に喜ぶのです。
結果、ボブ・ディランは「これからはフォークではなくてロックの時代だ」と思い立ちます。
アコースティック・ギターをエレキギターに持ち替えてフォーク・ロックを鳴らすようになるのです。
こうした変化についてリアル・タイムで接したTHE ALFEEの坂崎幸之助はいいます。
「ボブ・ディランも吉田拓郎も岡林信康も元々それほど独りにこだわっていなかった。
むしろ皆でバンドをやりたかったみたい」
当事者の証言を元にして坂崎幸之助は斯様に分析します。
ボブ・ディランは勘違いしたようですが、この時期のビートルズに薬物の影はありません。
マリファナにしても最初にビートルズに薦めたのはボブ・ディラン自身です。
この当時のロック界の裏話というものはどこまで信憑性があるか分かりません。
それでもこれがいわゆる「定説」になっています。
洋楽だから受け入れられた歌詞
レアなドイツ語ヴァージョンも必聴
Yeah, you got that something
I think you'll understand.
When I say that something
I want to hold your hand,
I want to hold your hand,
I want to hold your hand.
出典: 抱きしめたい/作詞:Lennon=McCartney 作曲:Lennon=McCartney
1番の歌詞にそっくりですが細部が違います。
歌詞を和訳して解説いたしましょう。
「Yeah
君には魅力があるんだよ
君なら理解してくれるはずだと思うよ
僕は何かをいおうとすると
君の手を握りたくなるんだ
僕は君の手を握りたくなるんだ
君の手を握りたくなるんだよ」
主人公はよっぽど彼女の魅力に参っているようです。
せいいっぱいの言葉で口説き落とします。
当時の日本の精神風土ではまず男性がここまで赤裸々に愛を語るという場面はなかったかもしれません。
洋楽の歌詞だからこそ受容できましたが、日本語でこの内容を歌われたら赤面したでしょう。
一方、この「抱きしめたい」にはドイツ語ヴァージョンが存在します。
こちらは今ですと編集版の「パスト・マスターズ Vol.1」に収録。
バックの楽器演奏は英語ヴァージョンと同様ですがボーカルとコーラスがドイツ語になっています。
このセッションは他に「シー・ラヴズ・ユー」も含まれました。
ビートルズはドイツ語ヴァージョンの録音には消極的で録音当日もホテルにこもりきったそう。
ジョージ・マーティンが再三の説得を行います。
いやいやながら歌っているようなトーンはないのですが、英語ヴァージョンにある快活さが薄れました。
珍しいものですのでチェックしてください。
「*ただしイケメンに限る」
ロック・スターでありアイドル
Yeah, you got that something
I think you'll understand.
When I feel that something
I want to hold your hand,
I want to hold your hand,
I want to hold your hand,
I want to hold your hand.
出典: 抱きしめたい/作詞:Lennon=McCartney 作曲:Lennon=McCartney