ふたつの風景
並行世界を行き交うような
絶望の果てに希望を見つけたろう
同じ望みならここでかなえよう
僕はここにいる 心は消さない
出典: ワールズエンド・スーパーノヴァ/作詞:岸田繁 作曲:岸田繁
再び世界の果てへの旅路へと戻ります。
あたかも並行する世界を行き交いするような描写になっているのです。
村上春樹の小説「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」のような書き分け方をします。
世界の終わりとはつまりワールズエンドのことです。
もちろんハードボイルド・ワンダーランドはスーパーノヴァではありません。
ただ、ワールズエンドのサイドとスーパーノヴァのサイドを書き分けているような印象があります。
「世界の終わりと ハードボイルド・ワンダーランド」を読んだことがある方には分かりやすい表現です。
スーパーノヴァは超新星という訳語になります。
しかし超新星という言葉にも関わらず巨大な恒星が死滅する瞬間に現れる輝きのことです。
それは確かに絶望、つまり死の果てにある輝きといえましょう。
僕はこの世界の果てで生きていることの確信を得るのです。
とはいえ岸田繁はいま音楽制作で自室にこもっています。
次のラインがそのことを指し示しているので見てゆきましょう。
ビートとベースという土台
1.2.3でバックビートスウィングして
粘るベースライン
アイラブユー皆思う
これだけがメロディー奏でだす
ラフラフ&ダンスミュージック
僕らいつでもべそかいてばかり
朝が来ないまま
出典: ワールズエンド・スーパーノヴァ/作詞:岸田繁 作曲:岸田繁
またバックビートに関しての描写が現れます。
音楽の制作現場、岸田繁にとってはPCにインストールされた「Pro Tools」の作業画面の中です。
「ワールズエンド・スーパーノヴァ」はハウス・ミュージックへの挑戦であります。
これはDTM(デスク・トップ・ミュージック)を趣味にしている人には分かりやすい言葉です。
特にダンス・ミュージックは土台だけを作るだけでかなりのカタルシスを得られます。
PCなどでの音源の打ち込みという作業は地味なようですが結果は祝祭的な音楽に繋がるのです。
音楽の制作に没頭していると湧いてくるのは愛の感情になります。
メカニズムは分からないのですがダンス・ミュージックを制作していると愛が湧いてくるのです。
規則的なビートが基礎になるので何度も聴いているとトランス状態になってしまいます。
このトランス状態は愛の行為の恍惚と親和性・近似性があるのです。
脳から何かしらの汁が出てきて幸せな気分になってしまいます。
ダンス・ミュージックが愛ばかりをテーマに据えるのは裏付けがあるものなのでしょう。
「ワールズエンド・スーパーノヴァ」は希望の詩であると書きました。
その一方で普遍的な愛に訴える歌詞でもあります。
岸田繁はこの作業を夜通し続けるのです。
朝日が昇る頃には疲れ果てて寝てしまうからこそ朝を知りません。
保守思想を疑う岸田繁
いつまでもこのままでいい
それは嘘 間違ってる
重なる夢 重ねる嘘
重なる愛 重なるリズム
出典: ワールズエンド・スーパーノヴァ/作詞:岸田繁 作曲:岸田繁
生活保守的な考えについてのアンチテーゼを掲げます。
いまのいい暮らしを維持したいから大きな変化は望まないという考えに疑問を持つのです。
もちろん愛の永遠を歌う際にもこのままでいようねなどの甘い言葉は生まれます。
ただし岸田繁は常に変革することを選ぶ人です。
それはアルバムごとに音楽性を変えて新たなものに挑戦してきたくるりの歴史と重なります。
いまがずっとそのままでという考えは誤りだとさえ口にしました。
過激な思想だと感じるでしょうか。
しかし時間というものは必ず何かを変化させながら前へ進んでゆくものです。
新しいものが生まれて、旧いものは腐敗します。
これが自然の摂理だとしたら保守思想は壮大なイリュージョンでありまやかしだと岸田繁は見抜くのです。
こうしたイリュージョンはイデオロギーとなって社会の硬化を進めます。
頑固な思想基盤になって変化を好まない人が増えている一方で人類にとっての問題は未解決のままです。
アーティストはそうした硬化した社会の中で柔軟な創造力・想像力によって新しい価値を生み出します。
変化を見届けないと真実には近付けないという確固とした確信が岸田繁にはあるのです。
だからこそ「ワールズエンド・スーパーノヴァ」ではハウス・ミュージックに挑戦しました。
あれはしないなどという予めの思考の制約を取り払って音楽と接するのがくるりの真髄です。
最後に 終わらないビート
チルアウトは大切な時間
1.2.3でチルアウト 夜を越え僕ら旅に出る
ドゥルスタンタンスパンパン 僕ビートマシン
ライブステージは 世界の何処だって
ラフラフ&ダンスミュージック
僕らいつも考えて忘れて
どこまでもゆける
出典: ワールズエンド・スーパーノヴァ/作詞:岸田繁 作曲:岸田繁
いよいよクライマックスの歌詞になります。
この間にリフレインが挟まれていますが繰り返しになりますので再掲載は割愛しました。
クライマックスのここでも音楽用語が飛び交いますので説明を加えましょう。
チルアウトとはクラブ・ミュージックが大きく変化した頃に現れた言葉です。
1990年2月にイギリスのテクノユニットであったThe KLFが「Chill Out」という超名作を発表しました。
ハイテンションのクラブ・ミュージックで踊り明かした後にダウナーに横たわっている時間を表現します。
ハイテンションな音楽の後は心の癒やしにさえなるチルアウトの時間が必要です。
この時間のためにThe KLFはピンク・フロイドの牧歌的な楽曲に目を付けました。
ピンク・フロイドの「原子心母」のオマージュになるようなアルバムを発表したのです。
ピンク・フロイドの音楽には色々な顔があります。
サイケデリックであったり、プログレッシブであったりと時期によって様々でしょう。
しかし実はフォーキーな優しい歌を中心にした音楽というのがシド・バレット脱退後の彼らの核です。
The KLFはピンク・フロイドのこうした優しい音楽に共鳴しました。
踊り疲れたときにリラックス効果をもたらすものとしてチルアウトを推奨するのです。
The KLFからThe Orbが枝分かれしながら誕生してクラブ文化はより強固になってゆきます。
岸田繁はこの時代への追憶のようなものをずっと心に抱いたままだったのでしょう。