生きていく限り人の手は汚れ続けていきます。
まさにちょっとした行動が大切な友達を死に追いやってしまったザネリのように。
望むと望まないに関わらず、生きていく限りふとした瞬間で誰かを傷つけているかもしれない。
ふとSNSで放った言葉が誰かの生きていく気力を奪ってはいないだろうか。
自分でも気づいていなかったウイルスを伝染させて周りを苦しめていないだろうか。
そんな小さな罪や間違いを繰り返し、生きていく限り汚れていく手。
それも受け入れて生きていこうと思うのです。
それは自分のために死んでしまった大切な友達へのせめてもの贖罪なのかもしれません。
記憶というのはその人のもうひとつの人生。
それを忘れずにいるために汚れた手で生き続けるのです。
ザネリの視点を取った理由
ここであらためて「ザネリ」という少年の視点を取ったことに注目してみましょう。
大切な人が死んでしまったとき、それを受け入れるのには時間がかかります。
それはまさに「Lemon」で歌われたように、いつまでもあなたの面影を忘れられない。
だからこそ人は亡くなった人を弔い、自分の中で心の整理をつけていきます。
「銀河鉄道の夜」においてジョバンニはカムパネルラと共に銀河を旅します。
そして地上に戻りカムパネルラの死を知ったとき。
ジョバンニはカムパネルラがここではなく天上にいる、と心の中で感じています。
これは、ジョバンニがカムパネルラとの旅を通して弔いを済ませ、死を受け入れたことを示しています。
対してザネリはどうでしょうか。
ザネリは自分のせいでカムパネルラを死なせてしまいます。
そしてジョバンニのように共に旅をして想いを伝えることも許されませんでした。
謝ることも許してもらうこともできず、大切な友達だったと伝えることもできない。
つまりザネリは「弔いを済ませることができていない」存在なのです。
大切な友人の死による悲しみ、行き場のない怒り、自分を責める想い。
そんな感情を抱えたままそれでも生き続けなくてはならない。
そんなザネリの在り方は大切な人の死に直面した私たちの心に通じるものがあるのではないでしょうか。
こうした視点に立つことができる米津の視点の繊細さに感じ入るばかりです。
銀河鉄道の情景を夢見る
見ることができなかった美しい世界
カムパネルラ そこは豊かか
君の目が 眩むくらいに
タールの上で 陽炎が揺れる
爆ぜるような 夏の灯火
出典: カムパネルラ/作詞:米津玄師 作曲:米津玄師
夏の灯火と描かれているのは夏の星座であるさそり座のアンタレス。
蠍の火と呼ばれるアンタレスのエピソードは「銀河鉄道の夜」に印象的に登場するもの。
タールや陽炎も銀河鉄道から見える風景を思わせます。
けれど生き残ってしまったわたしにはそこに行くことはできません。
美しい光景の中に去ってしまった大切な友人を遠くから想うことしかできないのです。
君が残したかすかなもの
真白な鳥と歌う針葉樹
見つめる全てが面影になる
波打ち際にボタンが一つ
君がくれた寂しさよ
出典: カムパネルラ/作詞:米津玄師 作曲:米津玄師
続いて登場する白い鳥と針葉樹。
全て銀河鉄道から見えた風景をなぞっていながら、そこに君はいません。
ただ面影だけが幻のように揺れている。
そして描かれるのが波打ち際に遺されたボタンです。
これは何を意味しているのでしょうか。
ボタンは単独では何の意味も持たない存在です。
ボタンを通すボタンホールや、留める衣服があるから存在意義がある。
そこから考えると、ひとつ遺されたボタンは「存在意義を失ったもの」の象徴。
遺されたボタンのようにひとりぼっちで寂しい。
そんな寂しく悲しい感情も君からもらったものだとわたしは思い返すのです。
輝くものの正体とは?
光を受け止めて 跳ね返り輝くクリスタル
君がつけた傷も 輝きのその一つ
出典: カムパネルラ/作詞:米津玄師 作曲:米津玄師
米津はインタビューで、宝石を磨くことは言い換えれば傷つけることだと話しています。
宝石は原石のままでは美しく輝くものではありません。
そこから角や凹凸を落として整え、美しく輝くようにカットして磨き上げる。
その「磨く」という行為は、言い方を変えれば「原石に傷をつけている」のです。
美しく磨き上げられたカットは、言い換えれば宝石につけられた傷。
そう考えてみれば傷つけば傷つくほど、宝石が磨き上げられるように輝くことができる。
傷はポジティブなものとはいいがたいでしょう。
ですがそれが、自分という石を輝かせてくれるものになる。
そんな気付きに励まされる人は多いのではないでしょうか。
美しい宝石が何度も磨かれ、いわば傷つけられて輝きを放つように。
人間も傷つけられたことがいつか宝石にも負けない輝きとなる。
そう考えてみれば、苦しい心の傷もひとつの財産なのかもしれません。
傷つき悲しんだ経験があるほどに誰かを癒すことができる。
それはまるで宝石が人の心を引き付けるような心の美しさなのです。
そんな心の美しさこそが、光を受け止め輝くものの正体。
そして「クリスタル」もまた、銀河鉄道の夜の中に登場するもの。
天上で輝く水晶は、人の魂の象徴でもあるのです。
生きていくことが君への手向け
改めてPVを見返してみましょう。
「汚れている」という手、そして涙は金色に輝いています。
これは傷が輝きを放つということと同じ意味を描いているように感じられます。
罪や後悔、悲しみで汚れた手も涙も一見泥にまみれているかのよう。
けれどそれは泥ではなく金色に輝く心のありようです。
死をただ受け入れることもできず自分に罪があることも理解して、苦しみ傷つきながら生きる人間の姿。
「Lemon」をはじめとした楽曲たちを物語として語り、2020年の世の中を見つめた時。
米津が肯定したかったのは、そんな在り方だったのではないでしょうか。
光を受け止め輝くもの。
それこそが、傷つき苦しみを抱えながら生き続ける人間の姿なのです。