ミディアムテンポのロックナンバー
アーティストとしての成熟
「WOMAN」は1989年にリリースされた、アン・ルイスの30thシングル。
1980年代半ばに連発された自身のヒット曲と同様、ハードロックに彩られたサウンドです。
半面、ミディアムテンポの「WOMAN」には、それまでのヒット曲とは異なる点がありました。
ナチュラルなテンポと穏やかな歌詞、空間を包み込むように大らかなボーカル。
「六本木心中」「あゝ無情」などで迸(ほとばし)らせていた激情は、鳴りを潜めています。
愛する男性に執着する女性の情念を歌い上げた「美人薄命」のような凄みもありません。
「WOMAN」は、アン・ルイスの表現力の幅、深みが増したことを証明した曲でした。
彼女が女性ロックシンガーのトップランナーとして駆け抜けた1980年代という時代。
そんな時代の終わりに、アーティストとしての成熟を感じさせたのが「WOMAN」だったのです。
空虚さを強さに変える表現力
「WOMAN」で見せた到達点
つわものどもが夢のあとだね
静かな波が打ち寄せてる
月の光を瞼に受けて
とてもきれいな気持ちになる
あの日あなたと踊ったドレス
冬の海へと流しに来た
通り魔みたい あなたの愛が
今この腕を離れてゆく
出典: WOMAN/作詞:石川あゆ子 作曲:中崎英也
1984年のシングル「六本木心中」で、アン・ルイスはハードロックへの転向を果たします。
いくつものヒット曲の歌詞に共通した世界観は、魑魅魍魎の大都会で繰り広げられる男と女の刹那でした。
通りすがりの恋愛に傷つきながらも、相手に弱みを見せまいと強がる女性。
自らを奮い立たせるような歌詞は、女性としてのプライドを表していました。
半面、どんなに傷つけられても、好きになった男性にすがりつく女性の性(さが)も隠していません。
ハードロックという開放的なサウンドを生かし、女性の激しい感情を赤裸々に歌ってみせたこと。
それこそが、アン・ルイスの魅力といえます。
「WOMAN」もまた、そんな魅力が感じられる作品です。
大都会ではなく、閑散とした「冬の海」が舞台のこの曲。
歌詞において、むき出しの感情は封印されているようにも思えます。
しかし、そこには確かに、女性としてのプライドが表現されているのです。
空虚さを歌い上げる表現力
歪んだギターが鳴り響くイントロは、まさにハードロック。
そんな曲の始まりは、松尾芭蕉の句を借りた「つわものどもが夢のあとだね」という異色の歌詞。
Aメロの「とてもきれいな気持ちになる」という歌詞はナイーブで、悟りにも似た穏やかな心境を感じさせます。
Bメロには「通り魔みたい」という過激な歌詞が登場しますが、「行きずり」の比喩を超える意味はありません。
それらの歌詞に漂うのは、終わった恋を冷静に俯瞰しているような空虚さ。
その空虚さは、主人公の心の傷の深さと、その傷の痛々しさを浮き彫りにしています。
しかし、冬の海にたたずむ女性は、「あなた」への怒りや不満を抱いてはいません。
心の痛みに抗(あらが)おうとせず、すべてを受け入れる強ささえ感じさせます。
これこそが、深みを増したアン・ルイスの表現力の到達点。
空虚さをもって強さを表現する力は、圧倒的なスケール感を放つサビを生み出すのです。
「MY NAME IS WOMAN」という歌詞
アイデンティティーは女性
MY NAME IS WOMAN
悲しみを身ごもって優しさに育てるの
MY NAME IS WOMAN
女なら耐えられる痛みなのでしょう
出典: WOMAN/作詞:石川あゆ子 作曲:中崎英也
まさに、女性としてのプライドを感じさせる歌詞が押し寄せるサビ。
Aメロ、Bメロの空虚さを一気に埋めて余りある迫力です。
それを象徴するのが「MY NAME IS WOMAN」という印象的な歌詞。
通常なら「I`m woman」と表現しそうなフレーズです。
「MY NAME IS」という言い回しに込められた意味は外面的、肉体的な定義を超えたもの。
「自らの固有のアイデンティティーは女性」という強烈な自己主張、プライドが感じられるのです。
さらに、「悲しみを身ごもって」という歌詞にも、女性ならではのメンタリティーが。
失恋の痛みを拒むのではなく、母性のようなもので慈しみ、「優しさに育てる」という気高さ。
「女なら耐えられる痛み」という言葉もしかりです。
スケールの大きい歌詞のシチュエーションが「海」であるのは、果たして偶然だったのでしょうか。