本当は怖い「ルナルナ」
1995年7月7日発表、スピッツの通算12作目のシングル「涙がキラリ☆」。
この大ヒットシングルのカップリング曲である「ルナルナ」をご紹介しましょう。
何よりもちょっと不安定なボーカルのメロディ・ラインとベースのグルーヴィーさが魅力な楽曲です。
あくまでもノリ重視で進行する楽曲で歌詞の意味も判然としない作品に仕上がっています。
草野正宗が書く歌詞はそれこそバラエティに富んだ内容ばかりです。
その楽曲群の中でも「ルナルナ」の歌詞はナンセンスに振り切った印象を感じさせます。
楽曲のノリこそを大事にしたいので歌詞は楽しくあればいいと開き直っている感じさえあるのです。
まず「ルナルナ」というタイトルに何だろうと思う人も多いでしょう。
そこに深い意味はまったくないよというのですから草野正宗は大胆です。
それでも「ルナルナ」という語感はこの曲の雰囲気にぴったりで愛らしいものでしょう。
後にアルバム「ハチミツ」にも収録された名曲です。
シングルのA面にしようかというアイディアもあったくらいの自信作になっています。
ファンキーでグルーヴィーなベース・ラインに乗って歌ってみました。
そうしたシンプルな楽曲である故に多くの人の記憶に残っています。
シングルもアルバムも大ヒットになり、スピッツの快進撃の勢いがすべて楽曲に詰まっているのです。
この楽曲「ルナルナ」の不思議な歌詞に迫ってみましょう。
それでは実際の歌詞をご覧ください。
僕はひとりぼっち
プール付きのホテルが舞台
忘れられない小さな痛み 孤独の力で泳ぎきり
かすみの向こうに すぐに消えそうな白い花
出典: ルナルナ/作詞:草野正宗 作曲:草野正宗
歌い出しの歌詞になります。
登場人物は孤独な僕と愛している君です。
孤独な僕という段階で君との関係が謎になるかもしれません。
その他にもきちんと解釈しようとすると迷路に入り込むような印象があります。
ロジックで解釈しようとしても、草野正宗がこの曲で訴えた象徴主義的な歌詞は紐解けません。
ひとつひとつの言葉はやさしいものばかりですが指示内容はさっぱり分からない歌詞になっています。
しかしそうした象徴的なものに訴えたことにも何ごとかのモチーフやきっかけがあるはずです。
まずこの僕は小さな心の傷が癒えていないと訴えます。
誰しも心に傷を負ってブルーになることがあるのです。
「ルナルナ」はグルーヴィーな楽曲にしては繊細でどこかに憂鬱さを抱えた歌詞になっています。
それは主人公の僕の設定を孤独な青年にしたことに裏付けられるのです。
僕はこうしたひとりで憂鬱に浸っている状況でクロールします。
憂鬱な状況というのは水中に似ていて、もがかないと前へも進めないし溺れてしまうのです。
ただ、この表現に関して草野正宗はプール付きのホテルにひとりで行ったらこうなると語っています。
カップルならばプール付きのホテルなどはふたりで利用するものでしょう。
しかし僕は残念ながらいまこの状況でひとりきりです。
その孤独や寂寥感といったものは半端ないものに違いありません。
水面から沸き立つ水蒸気の向こうに見えるのは幻の白い花だけ。
その花さえすぐ消えてしまうと歌うのですから僕は限りなく孤独になってしまいます。
君はここにはいないのです
思い疲れて最後はここで 何も知らない蜂になれる
瞳のアナーキーねじれ出す時 君がいる
出典: ルナルナ/作詞:草野正宗 作曲:草野正宗
草野正宗のこの曲に対するコメントを尊重するならばこの僕の傍には君などいないのです。
ホテルの部屋にいてひとりで呆然と佇んでいるのが僕の正体でしょう。
やるべきことなど何もなく、することといったら冷蔵庫の中のアルコールを飲みながらボーっとするだけ。
どこまでも寂寥感が滲んでいて、荒廃した景色ともいえそうです。
僕はブルーな心境に浸りきっていて、生産的なことは何もできません。
ただただ、君との間にあった出来事の理由を探し続けているのかもしれません。
あんな事件があって君との距離が遠くなったけれど、悪いのは僕の方なのかななどと思い悩むのです。
しかしこうした思索はとりとめのないもので、いずれ考えることにも飽きてしまいます。
ここで草野正宗は蜂を登場させるのです。
ただ、この時期の草野正宗は蜂にやたらと惹かれるものがあったのかもしれません。
女の子の周りをブーンと飛べるような呑気な蜂になりたいなと思っているのです。
そして君をチクッと刺してみたいくらいの想像を沸き立たせます。
とりとめのない思考というものの行く先は蜂への憑依という夢物語でした。
アルコールを飲みすぎて酔っ払った僕の瞳。
トロンとして焦点を結ばないような視界の中に幻の君が立ち現れます。
もちろんここでの君はアルコールによる酩酊が生んだ幻影にすぎません。
主人公をこうした孤独な青年と考えられるのは、草野正宗のコメントがあったからです。
彼自身のコメントがなければ本当に君が傍にいると思っても仕方がないでしょう。
「ルナルナ」はとびきりファンキーなのに成就しない悲しいラブソングなのです。
愛の言葉「ルナルナ」
手塚治虫の漫画から借用
二人で絡まって 夢からこぼれても まだ飛べるよ
新しいときめきを丸ごと盗むまで ルナルナ
出典: ルナルナ/作詞:草野正宗 作曲:草野正宗
タイトルを回収する箇所です。
しかし「ルナルナ」の字面をいくら眺めても意味など分かりません。
このタイトルになった経緯についてはWikipediaに解説がありました。
曲名の「ルナルナ」とは、手塚治虫の漫画 『ブラック・ジャック』に出てくる白いライオンの子供から取ったもの。このタイトルに特に意味はないらしく、響きの良さから使ってみたという。
出典: https://ja.wikipedia.org/wiki/ハチミツ_(アルバム)
漫画の神様である手塚治虫の後期の代表作「ブラック・ジャック」に出てきたキャラからの引用だといいます。
手塚治虫が亡くなったのは1989年です。
この「ルナルナ」は20世紀の楽曲ですので、手塚治虫の遺した業績はまだ鮮烈でした。
ちなみにこの頃のUSオルタナティブ・シーンに「Luna2」というバンドが登場します。
「Luna2」と表記して「ルナルナ」と発音しました。
その後、このバンドはすぐに「Luna」とバンド名をシンプルにさせます。
スローコアの元祖であるGalaxie500のメンバーのバンドですので草野正宗はチェックしているはずです。
日本とアメリカ合衆国の国境を超えて「ルナルナ」という言葉が同時期にそれぞれのシーンに登場しました。
いずれにせよ「ルナルナ」という言葉には特に意味がないことまでは分かります。
語感を大事に考えるというのは詩人にとっては第一義のことなのです。
意味は後から付いてくるよとばかりに草野正宗はこの言葉を歌詞の中にも埋めます。
そして実際に歌詞の中に登場すると、この意味のない言葉「ルナルナ」も何となくイメージが沸き立つのです。