僕は君とイチャイチャしているシチュエーションを妄想しています。
夢や妄想の中で肉感的な愛を交わしてハイになる場面を思い描いているのです。
こうした解釈を精細に描いてゆくと少しこの青年が悲しい存在に思えてきます。
君と僕との間にどんな事件があったのかは分かりません。
しかし僕は君への未練で胸のうちがいっぱいになっているのです。
ホテルの一室にいても思い出すのは君との楽しかった愛の記憶だけなのでしょう。
僕が気の毒過ぎるといえばその通りです。
この「ルナルナ」をスピッツは一時期、「ロビンソン」の次のシングルにしようとしていました。
こうした憂鬱な作品を大ヒットシングルの次に発表したいと考えていたのです。
スピッツの本質がロックバンドであることはこのエピソードからも分かることでしょう。
もちろん草野正宗の自供に近いコメントがなければ世間はハッピーなラブソングと理解したかもしれません。
そうした誤解までも作品の一部にしたいとすら思っていたフシがうかがえます。
ときめきや「ルナルナ」というキラキラとしたワードを散りばめて悲しい状況を歌うのです。
また、この「ルナルナ」というワードを草野正宗は愛の行為の隠語と考えているように思えてきます。
いちゃいちゃしていたいという代わりに「ルナルナ」していようとでもいいたげなのです。
この推察はおそらく間違っていません。
確信犯的に「ルナルナ」という言葉で愛の行為を表現しているのです。
それは1980年代に「ニャンニャン」という俗語で語られていた内容と一緒でしょう。
1995年というとバブル経済の崩壊というものは生活者にとって実感に変わった年です。
阪神淡路大震災やオウム地下鉄サリン事件など暗いニュースでいっぱいでした。
「ルナルナ」だってタイトルこそハッピーですが、内容は非常に陰鬱なものなのです。
ブルーな空気の中に浸りきっていたいと思う僕の妄想の世界が展開されます。
音楽への言及
眠れない夜に数えるものは
羊の夜をビールで洗う 冷たい壁にもたれてるよ
ちゃかしてるスプーキー みだらで甘い 悪の歌
出典: ルナルナ/作詞:草野正宗 作曲:草野正宗
様々な象徴表現があります。
気になるワードをひとつひとつ丁寧に紐解いてゆきましょう。
まず羊の夜というワードに躓くはずです。
ホテルの一室で呆然としながら夜が更けるのを待っていたのでしょう。
そろそろ眠って君の夢を見たいと願っているのかもしれません。
ぐっすり眠りたいと考える僕は壁に寄りかかって目蓋を閉じて羊を数え始めました。
君に近づくには夢こそが最短距離だからです。
羊が一匹、羊が二匹、羊が三匹。
延々とカウントしても僕に眠りは訪れないようです。
ホテルの冷蔵庫の中からまた新しいビールを取り出して封を開けます。
羊を数えても眠れないのならばアルコールで酩酊して寝転ぶ他はないのです。
漂うのはどこまでも荒涼とした空気ですから、早く夢の中に滑り込ませてあげたいでしょう。
そんな僕は不可思議なものさえ目にするようになります。
アルコールは酩酊を呼び込むもので、メンタルの状態や体調によってバッドな酔い方さえするのです。
不気味なものも愛してしまう
ひとり眠れずにビールを飲み干している僕の前に現れたのはスプーキーなものです。
Spooky、つまり幽霊のように不気味な幻影が僕を騒がせます。
ひとりでここまで酔っぱらえるならば大したものでしょう。
アルコール依存症では幻聴などの症状だって現れます。
幻視というのは相当に症状が進行した状況でしか現れません。
このスプーキーなものとはどんな現象であるかは想像するしかないでしょう。
そもそもしっかりと見えるものではなく、辺りを漠然と漂っているような存在です。
僕は淫靡で甘く誘惑的な悪魔の歌を聴き遂げます。
実際に例えばローリング・ストーンズの「悪魔を憐れむ歌」が流れていたのかもしれません。
しかし一番怖いのは音楽など実際には流れていなかったという解釈でしょう。
ホテルでは確かに有線放送を聴くことができます。
また、自身でポータブル・オーディオなどを持ち込んでいた可能性だってあるでしょう。
この時期ですとポータブルCDプレイヤーで音楽を聴いていたのかもしれません。
しかしその内容が淫靡で甘く誘惑的な悪魔の音楽となると実例は限られてきます。
草野正宗のことですから猥雑なロックは大好きでしょう。
イギー・ポップやローリング・ストーンズなど猥雑なロックを鳴らす音楽家は多いです。
ただ、アルコールの酩酊というものが生んだ幻聴を愉しんでいた可能性も捨てきれません。
音楽家というのは脳内の中で絶えず音楽を響かせることができる人です。
実際には鳴っていない音楽を想像できるからこそ新しい楽曲やメロディを生めるのが音楽家であります。
スプーキー、つまり不気味で幽霊のようなという存在をチラつかせますから幻聴である可能性が高いです。
幻惑されて
音楽は本当に流れていたのか
このまま止めないで ざわめき避けないで ほら眩しい
不思議な出来事は 君へと続いてる ルナルナ
出典: ルナルナ/作詞:草野正宗 作曲:草野正宗
僕はスプーキーな現象に注文を付けます。
このままずっと幻聴を愉しませておくれといっているのかもしれません。
繰り返しになりますが僕はいまホテルの一室でひとりきりです。
しかし周囲は淫靡で甘くて魅惑的な悪魔の音楽でざわついていると歌います。
幻聴を体験してすっかりあちら側の人になってしまったのでしょうか。
もしくはご機嫌な音楽を止めないでとCDプレイヤーに願っているのかもしれません。
ただ、ポータブルCDプレイヤーを持ち込んで聴いているという設定ですと次のラインで躓きます。
僕は積極的に不思議な現象というものを歓迎していると歌っているからです。
「ルナルナ」には幻にまつわる様々なものや現象がたくさん現れます。
そうした現象を僕はスプーキー、つまり幽霊のようで不気味だとは思うのです。
しかし酩酊している僕はこうした不思議な現象までも深く愛して耽溺します。
ホテルの一室という自分だけの空間と密室で起こることはすべて僕のものです。
だからこそ、こうした不思議な現象だって愛おしくなってくるのでしょう。
さらに僕はこの超常現象のような体験の先に君の幻影を見つけるのです。
すべての幻は君に続くから
僕は身の回りの不思議なことをスプーキーなものだとは思っても排斥しません。
こうした様々な現象が君の姿を朧気にでも見せてくれるからです。
僕はスプーキーなものに幻惑されたまま君の姿を見ようとします。
アルコールの酩酊によって君とのつらい出来事を乗り越えようとしているのですから不健康でしょう。
いかにもロックな僕の心情は社会人としては失格かもしれません。
ただそれでも君を夢見たいという気持ちが強いことは大事でしょう。
恋についても一途な青年の姿を草野正宗は描きました。
どこか不埒な性質を持つ歌ですが君に向かって真っ直ぐ伸びてゆく僕の思いというものは大事にしたいです。
とはいえ淫靡で悪辣だけどスウィートな音楽への嗜好というものが歌われます。
そしてこの歌詞のとおりに中々ファンキーでグルーヴィーなベース・サウンドが印象的です。
「涙がキラリ☆」ではなく、この「ルナルナ」がA面になっていたらスピッツの歴史は変わっていたでしょう。
スピッツといえばエバーグリーンなポップ・サウンドというイメージを早くも払拭したはずです。
その後の音楽界の行方も変わったかもしれません。
歴史に「If」を持ち込むのは禁物ですが、違った未来というものも見たかったと思わせます。