衝撃的だった「Automatic」
『First Love』から『DEEP RIVER』までに何が?
宇多田ヒカルの「Automatic」が音楽界に衝撃を与えた理由は、まず15歳というその年齢にありました。
もうひとつは大人っぽい雰囲気で完成度の高いこの曲が彼女自身の作詞作曲だったことです。
その後彼女が有名な歌手の娘であることが知られるにつれ、世間はそのギャップに驚きました。
凄みを感じる低い声で演歌を歌った母親の藤圭子と宇多田ヒカルのイメージがあまりにかけ離れていたからです。
「Automatic」を収録したファースト・アルバム『First Love』はメガヒットを記録。
ジャケット写真の彼女には年齢なりの幼い雰囲気が残っています。
しかしその3年後に発売されたアルバム『DEEP RIVER』のジャケット写真は何ともいえない暗い雰囲気です。
アルバムのタイトルにもモノクロのジャケットにも彼女なりの意図があったのでしょう。
この時もまだ10代なのに、デビューからここまでに何があったのかと思いたくなる変わりようですね。
もちろん素顔の彼女がこの時こうだったということはないのでしょうが、なんだか気になります。
いかにも宇多田ヒカルらしい「幸せになろう」はこのアルバムに収録されている曲です。
シンプルなタイトルにはどんな想いが秘められているのでしょうか。
「天才」宇多田ヒカル
際立つオリジナリティ
藤圭子は宇多田ヒカルのことを『この子は天才なの』と周囲の人に言っていたそうです。
親の贔屓目ではなく周りも納得したでしょうし確かにそうだろうと思います。
そうでなければなぜ10代半ばで音楽界を驚かせるようなことができたでしょうか。
しかし彼女はその才能と何かを引き換えにしてきたような気がします。
彼女の多くの作品から感じるのは明るさではなくて哀しみや寂しさです。
意識して書いたのではなくて、自然と出来上がった作品がそういう雰囲気を持っているように感じます。
「幸せになろう」もタイトルだけ見れば明るい希望に満ちた曲のように思えるのですが、そうではありません。
聴いてみるといいなあと思えるのですが、どこか哀しく寂しい雰囲気が漂っています。
この曲はオープニングもサビの部分も、すぐにこれは宇多田ヒカルだと分かるメロディーです。
アーティストにとって最も重要なオリジナリティが際立っていて、そこが彼女の凄いところだと思います。
ファルセットボイスと豊かな表現力
「しあわせ」を忘れそうになる?
何も聞かずに続けて
これが「しあわせ」なら
もっと欲しい
忘れそうになるその都度に
また交わしたい静かな誓い
初めてだったらよかったのに
出典: 幸せになろう/作詞:宇多田ヒカル 作曲:宇多田ヒカル
カウント7つに続いてすぐに始まるボーカルでさっそく宇多田ヒカルらしい裏声を聴くことができます。
少し枯れたような、掠れたようなあのファルセットボイスです。
シンプルで美しいピアノに乗ったメロディーは彼女の豊かな表現力をあらためて気づかせてくれます。
最初のパートでは幸せを求める満たされない想いと、過去の思い出が交錯しているようです。
今彼女が味わっているのは誰かが与えてくれた幸せな瞬間なのでしょう。
相手に身を委ねた心地よい時間も、満たされない想いを埋めるにはまだ足りないのではないでしょうか。
だから彼女はさらに「しあわせ」を求めているのです。
過去にも他の誰かと同じような時間を過ごしたことが記憶の中に残っています。
幸せな時間が永遠に続くように誰かと誓った思い出が彼女の中に後悔となって残っているのかもしれません。
自分にとって「しあわせ」とは何なのか忘れそうになったときに誰かと恋をしたい。
この恋が初めてではないことにも少しだけ後悔があるようです。
幸せを求める渇望感
ヲー!は心の叫び
幸せになろう
オフィシャルな野望
明日は今日よりも…(ヲー!)
恋人になろう
手つないで歩こう
あなたを誰よりも…(ヲー!)
幸せになろう
悲しみは利用
寄り道もしたけど…(ヲー!)
今すぐに会おう
思い出は昨日
明日は今日よりも…(ヲー!)
出典: 幸せになろう/作詞:宇多田ヒカル 作曲:宇多田ヒカル
ここから曲調ががらりと変わりますが、やはり宇多田ヒカルらしいメロディーです。
バスドラムとスネアの音がお洒落で格好よく響いています。
ドラムの音は「Automatic」と同じような雰囲気で、こういう感じが好きなのでしょうね。
同じメロディーをリズムよく繰り返すことで「幸せ」への渇望感が表れているパートです。
「野望」や「利用」という言葉も韻を踏むところまではいかないのですが、全体のリズムを良くしています。
誰かと恋をして幸せになりたい、そして明日はもっと幸せになりたいという願望を歌うパートでもあります。
「ヲー!」と文字にすると伝わりにくいのですが、ここは宇多田ヒカルの個性が表れている重要なところです。
新しい世代だとあいみょんもそうですが、”Ah~”や”Oh~”と歌うところがとても切なく響きます。
心の叫びともいえるのが何度も繰り返す「ヲー!」なのです。
切ない願いを歌っているのにあえて「野望」や「利用」を使うのも彼女の個性だと思います。
このパートの最後に入るピアノの音がこの曲のアクセントになっていて、とてもいい感じです。
救われたような気持ちにさせてくれる和音が希望の光のように思えます。