「Making Love」と歌姫の嘆き
宇多田ヒカルの実体験がベース
2006年6月14日発表、宇多田ヒカルの通算4作目のアルバム「ULTRA BLUE」。
このアルバムに収録された「Making Love」の歌詞を考察いたします。
宇多田ヒカルが親友との間に起きたあれこれを実体験から引き出して歌いました。
彼女の私小説的な歌詞ですが、普遍的な友情を考えるにも適切な歌詞です。
宇多田ヒカルが自分自身のスタイルを築いた時期のアルバム「ULTRA BLUE」。
作詞作曲だけでなく編曲もほぼ自身で行っています。
円熟し始めた時期の宇多田ヒカルの個性的な歌を楽しみましょう。
変わらない友情を謳った「Making Love」の歌詞を紐解いて解説いたします。
宇多田ヒカルの歌詞は情報量がいっぱいですが、どうか最後までお付き合いください。
それでは実際の歌詞を見ていきましょう。
ある日、親友が引っ越した
戸惑いがうかがえる歌い出し
とうとう知り合って十年 どこから始めよう
突然あなたのお引っ越しが決まった
出典: Making Love/作詞:宇多田ヒカル 作曲:宇多田ヒカル
物語の始まりをどこにしようか迷う気分まで素直に書いています。
タイトルの「Making Love」から濃密な大人の愛のお話を期待すると拍子抜けする歌い出しでしょう。
この曲の歌詞はどこか緩さが満ち溢れています。
実際に宇多田ヒカルの親友が突然大阪に引っ越すことになったエピソード。
この事態に動揺した彼女が心のありのままに情景や想いを綴るのです。
リスナーは宇多田ヒカルの私小説やエッセイを楽しむような感覚で接することもできます。
また同じようなエピソードがあるひとは自身の経験と重ね合いながら共感できるでしょう。
楽しみ方は自由でそれぞれです。
この記事では宇多田ヒカル自身の心の動きを追うことに加えてもう少し普遍的な歌としても評価します。
あなたの大切な親友がある日突然生活拠点を遠くに移したならば生活はどうなるのか。
そんなことを考えながらお付き合いください。
宇多田ヒカルは今やグローバルに活躍するアーティストです。
しかし、2006年の彼女は親友が国内の他の都市に移ることにショックを受けます。
なぜいつまでも自分のそばにいてくれなかったのか。
そんなことを色々と考えてゆくのです。
まだ会えるはずなのに
強がる宇多田ヒカルの声
遠距離なんてこわくもなんともない
感じてるよ存在を日々胸に
もう二度と会えなくなるわけでは
断じてないのに 考えちゃうよ
出典: Making Love/作詞:宇多田ヒカル 作曲:宇多田ヒカル
怖くないというのはおそらく強がりです。
この強がりから歌を一曲創ってしまうのですから、実際は相当に動揺しているのでしょう。
かけがえのない親友。
親友の定義は人それぞれでしょう。
どの人にとっても変えることのできない存在。
普通のレベルの友人とは違った役割で、もっと人生や生活にダイレクトに踏み込んでくる人物。
同性の親友、異性の親友。
いずれにしても心のうちでいつも気にかけているし、気にかけてくれる友人。
こうした人が突然、遠くにいってしまうのは辛いことです。
幸いなことにただの引っ越しでもあります。
自己や病気で夭逝してしまったなど、本当に二度と会えない事態ではないのです。
それでもふたりの間に横たわる距離が遠くなることは不安でしょう。
宇多田ヒカルはそのことをつらつらと考えてしまうと素直に書いています。
宇多田ヒカルの「歪み」
皮肉交じりの応援歌
あなたに会えてよかった
遠い町でもがんばってね
新しいお部屋で君はもう making love
出典: Making Love/作詞:宇多田ヒカル 作曲:宇多田ヒカル
タイトル回収がなされます。
拍子抜けるほどに軽い意味です。
新しく住んでいる街で親友が愛する人と生きること。
親友が宇多田ヒカルではなくパートナーと愛を育むことをチクリと刺します。
親友をそのパートナーに盗られたような気がして小さく毒を吐かずにはいられないのです。
宇多田ヒカル自身がこの箇所を「自分の歪んだところ」と告白しています。
親友もこの曲を必ず聴くのでしょうから、毒を吐くとは中々勇気がいることです。
そんなことをあっけらかんとできる。
これも宇多田ヒカルが持つ独特なパーソナリティが成したことなのでしょう。
超有名人の親友にも固有の有名税みたいなものが課されるのかもしれません。
一方でいくら親友とはいえ、その人の恋路まで干渉する権限は誰にもないです。
悪い男に騙されているなどといった特殊なシチュエーションは別ですが。
親友をコントロールできるなどと思い込むのはまったく道に反しています。
宇多田ヒカルもその点を潔く認めて親友の幸せを祈る。
しかしチクリと皮肉を伝えたい気持ちも湧き上がる。
もどかしい気持ちを歌にして、自分が書いた言葉の毒に驚いている様子も伝わります。
ゆらゆら揺れる感情をそのままにしながら歌詞を書き進めた跡がうかがえるのです。