君が思うよりも
君はもっと美しくて
そう言うと決まって
少し膨れるけど
からかってなどいないよ
出典: https://twitter.com/KSakurai_World1/status/899511430034190337
付き合っている女性に綺麗だと言ったことはありますか?
また女性の方なら、言われたことがあるでしょうか?
急に綺麗だよなんて言われたら、そんなことない、からかわないでと言う女性も多いかもしれませんが、誰だって嬉しいものです。
この歌詞では「僕」にとって「君」がどれほど「美しく」、魅力的な存在か歌っています。
褒めると照れて「少し膨れる」姿も可愛らしいと思っている心情が伺えますね。
「美しい」と歌う理由
主人公は何故「君」に直接美しいと伝えるのでしょうか。
きっとそこに作為的な気持ちはありません。
「美しい」と伝えることで何か見返りを望んでいるわけではないのです。
自分の目の前にいる恋人への気持ちをただ純粋に言葉にしているだけだと考えられます。
主人公にとって、その想いは独りで抱えているには大きすぎて伝えずにはいられないほどなのかもしれません。
溢れそうなほどの、恋人に対しての好きだという想い。
それを「美しい」というありきたりな言葉によって伝えているのではないでしょうか。
からかう気持ちは微塵もなく、ただ自分から見た「君」の美しさを伝えたい。
ただそれだけなのでしょう。
「美しい」と言うのも「常套句」の1つとしてお世辞だと思われてしまいそうなほど使い古された言葉。
しかしたとえ「常套句」だとしても、主人公の想いに偽りはないのです。
ここには主人公の不器用さが表れていると考えられるのではないでしょうか。
ストレートにしか伝えられない、口下手な「僕」。
「常套句」という言葉の意味
「狂おしいほど」恋に溺れる
今日も 嬉しさと
悲しみの間を揺れている
狂おしいほど
出典: https://twitter.com/_MrChildrenbot_/status/822446119913279488
恋愛の「嬉しさ」と「悲しみ」の間を、毎日行ったり来たりしている「僕」は「狂おしいほど」、「君」に恋しているのです。
好きな気持ちが大きければ大きいほど会えた時の嬉しさも、会えない時の寂しさも大きくなるものです。
狂ってしまいそうになるくらい相手のことを考えてしまうような恋愛。
そんな恋に落ちてしまうなんて怖いと思う人もいれば、憧れるという人もいるかもしれませんね。
狂ってしまいそうなほどの恋というのは、それだけ相手を好きだと思う気持ちが大きいことを意味しています。
抱えきれないほどの愛情によって、自分ではコントロールできないほど心が揺れ動いてしまう。
そんな自分自身の想いに振り回され自分自身を傷つけながら、それでも「君」を愛そうとする主人公がいます。
恋というのはそれだけ人生に大きな影響力を持っているのです。
好きな人と一緒に居たいという主人公の一途な想い。
一喜一憂してしまうのは、それだけ真剣に「君」を愛していることの表れでしょう。
毎日、自分では留めておけないほど感情が動いてしまうのが本当の恋愛なのかもしれません。
ここまでの歌詞があるから重みが違う「君に会いたい」という言葉
君に会いたい 君に会いたい
何していますか 気分はどう
君に会いたい 君に会いたい
愛しています 君はどう
出典: https://twitter.com/_MrChildrenbot_/status/850709039545688067
ここまで歌詞を見てきたからわかると思いますが、「狂おしいほど」の感情を掻き立てられる、この恋に「しがみ付いて」、毎日を過ごしている「僕」。
そんな「僕」が誰よりも美しいと思っている「君に会いたい」と言っているのです。
どれほど「君」と会うことを切望しているのかがわかりますよね。
それなのに、続く言葉は「何していますか」、「気分はどう」という他愛もないもの。
こんな他愛もない言葉と一緒に「会いたい」と言われた相手は、この言葉の陰にそれだけの思いが込められているとはわからないでしょう。
しかし、「僕」の気持ちを伝えきってしまうと、今の二人の関係にはあまりにも重いものになる。
そして「君」が支えきれなくなってしまうかもしれないから、それでいいのです。
「僕」が「君」を本当に好きだからこその思いやりともいえるでしょう。
そして、今日も狂おしいほどの感情は隠して、「愛しています」、「君はどう」と、愛の言葉を冗談交じりに囁くのです。
相手の気持ちを聞きながらも、それは相手の想いの質量自体を尋ねているわけではないのです。
それは照れ隠しのようでもあり、ただ形として聞いたかのような空虚さが含まれているようでもあります。
主人公の不安の表れであるとも考えられるのではないでしょうか。
自分は愛しているけれど、もしかしたら相手は違うかもしれない。
そんな不安がよぎり、冗談交じりに聞いているのだと考えると切ないですね。
「常套句」に隠された本当の想い
お気付きの通り、サビの歌詞にもタイトルである「常套句」という言葉が関わってきます。
「常套句」は誰もが使う言葉のことを指していますが、このパートの歌詞も全てよく使われる言葉ばかり。
どれも取り留めの無いような言葉ばかりですが、それでもここには主人公の愛情がよく表れています。
もしかしたら主人公は、とても不器用で優しい人なのかもしれません。
自分の気持ちを全て伝えてしまいたいけれど、それはもしかしたら相手にとって重荷になってしまうのではないか。
だからこそ、取り留めの無い言葉だけで愛を伝えるのです。
その裏にどれだけの気持ちが込められているのかをひた隠しにして、「常套句」に全てを込める。
主人公の「君」への切ない愛情が伝わってくる歌詞です。
おわりに
「常套句」と言われるくらいありきたりな言葉の裏に隠した、言葉にできないような情熱的な恋心が歌詞から読み取れましたね。
好きな人に全部さらけ出して付き合っている人にはわからないかもしれません。
本当の気持ちの数パーセントを出して、好きな人と接している人も案外多いのかもしれません。
好きな人と今日もいるために、あなたはどんな言葉で好きな人と接していますか。
自分本位になって気持ちを押し付けてはいないでしょうか。
そんなことを問いかけられているような気持ちになるこの曲。
付き合っている人にどう接していいかわからないときにこそ聴いてみてほしいです。
自分の「好き」という気持ちと向き合うきっかけになるかもしれませんよ。
さて、ここまで記事を読んでくださった方に向けて、Mr.Childrenのおすすめ記事をご紹介させていただきます。
今回ご紹介するのは、「しるし」と「抱きしめたい」の歌詞解説記事です。
どちらも彼ららしさが感じられるラブソングとなっています。
是非こちらの記事も読んでみてくださいね。