それではさっそく「人にやさしく」の歌詞を紐解いていきましょう。

元々「がんばれのうた」だったというだけあって、歌詞にはたくさんの「頑張れ」が詰めこまれています。

自然と体が動き出すノリノリのサウンドにのせられた、シンプルでストレートな歌詞

甲本ヒロトが何を伝えたかったのか、どんな思いを込めたのか、順番に見ていきましょう。

ちぐはぐな歌詞の真意

気が狂いそう やさしい歌が好きで
ああ あなたにも聞かせたい
このまま僕は 汗をかいて生きよう
ああ いつまでもこのままさ

出典: 人にやさしく/作詞:甲本ヒロト 作曲:甲本ヒロト

冒頭の気が狂いそうという歌い出しはとても有名で筆者も思わず口ずさむことがあります。

現実の前で気が狂いそうな僕。

そしてやさしい歌が好きなのです。

そのやさしさのためか、汗をかきながら一生懸命生きているのでしょう。

そして僕はいつまでもこのままなのです。 それはやさしさゆえなのかもしれません。

すべて読んでみても、いったい何のこと?というフレーズですね。

1行目、気が狂うのは世界が優しくないから…でしょうか。

甲本ヒロトはこの国が、自分の好きな「人のやさしさ」が足りない世界だと感じているのかもしれません。

だからこそ、そんな足りないものを補えるような歌を聴かせたいと願うのでしょう。

その「足りないものを補う歌」が今回ご紹介している「人にやさしく」なのかもしれません。

しかし世界に足りないものを補うためには、相当なエネルギーが必要です。

それでも甲本ヒロトはチャレンジしようとしていますね。

3行目のフレーズがまさに、甲本ヒロトがこれからも挑み続けるという姿勢を持っていることを表現しているのです。

さて、彼はいったいどうやって立ち向かうつもりなのでしょうか。

このステージから届けよう

僕はいつでも 歌を歌う時は
マイクロフォンの中から
ガンバレって言っている
聞こえてほしい あなたにも
ガンバレ!

出典: 人にやさしく/作詞:甲本ヒロト 作曲:甲本ヒロト

多くのインディーズバンドは仕事をしながらバンドをしていました。

それは今でもそうかもしれません。

でもそういう現実を飛び越えて、ステージでは自分自身に、多くの人にガンバレ!という歌を歌っているのです。

こういったストレートな表現は、甲本以前にはなかったかもしれません。

甲本ヒロトが綴る歌詞の中には、もちろん「頑張れ」と直接伝えるものもあるでしょう。

しかし中には、あえて遠回しな表現や「頑張れ」以外の表現をしているものもあるはず。

そんな風に歌詞の内容が違っても、甲本ヒロトが込めた想いに変わりはありません。

だから「聞こえてほしい」のです。

ストレートな表現でなくとも、常に「頑張れ」の気持ちを届けたい。

その熱い思いがファンだけでなく、たまたまTHE BLUE HEARTS楽曲を聴いた人にも伝わってほしい。

そう願ってこの歌詞を綴ったのだろうと考えられます。

甲本ヒロトはバンドマンです。

歌詞に登場する「マイクロフォン」を使用すれば、遠くの方にまで声を届けることができるでしょう。

河本の個人的意見ではなく、バンドを通して発信したい「頑張れ」なのだとわかります。

俺が代わりに!

人は誰でも くじけそうになるもの
ああ 僕だって今だって
叫ばなければ やり切れない思いを
ああ 大切に捨てないで
人にやさしく
してもらえないんだね
俺が言ってやる
でっかい声で言ってやる
ガンバレって言ってやる
聞こえるかい ガンバレ!

出典: 人にやさしく/作詞:甲本ヒロト 作曲:甲本ヒロト

人は誰でもくじけそうになるし、それは誰もが、僕も同じだと歌うこの歌。

競争社会というものの中で、子どもの頃に持っていた友情が壊れていった経験が誰にもあると思います。

そういう現実の中で、やさしいからそのままでいる僕。

人が人を支配するのではなく、自分の中にあるやさしさで人々にがんばれと歌っています。

厳しい現実が少しでもよい方向へ向かうなら、それはこんな励ましを多くの人々がまだ持っているからでしょう。

それは人にやさしくするという当たり前のことが、競争という社会の方向性のせいで壊れている現実に対して、それでもがんばれと歌う叫びなのです。

現代社会で生き抜くことは、そう簡単ではありません。

猛スピードで進んでいく時の流れに乗り遅れないよう、しがみつきながら生きる日々。

そんな風に勢いが良い日々だからこそ、人は「やさしさ」という当たり前のことを忘れるのかもしれません。

さらには「不幸自慢」なんてものもありますから、これが加わるともはや手に負えません。

人にやさしくすることよりも、自分の辛さを共有する方向に思考が傾いています。

甲本ヒロトはそんな悲しい世の中に気がついていました。

だから自分がそんな人たちのために「頑張れ」を伝えるんだ。

そんな思いのもと、自分の歌に精一杯の優しさと「頑張れ」の気持ちを乗せて歌うのです。

優しさだけじゃ足りない

やさしさだけじゃ 人は愛せないから
ああ なぐさめてあげられない
期待はずれの言葉を言う時に
心の中ではガンバレって言っている
聞こえてほしい あなたにも
ガンバレ!

出典: 人にやさしく/作詞:甲本ヒロト 作曲:甲本ヒロト

ここで新しい感情が登場しました。それが「」です。

「やさしさ」も「愛」も人に対する温かい想いですから、根本的には同じものでしょう。

しかし甲本ヒロトははっきり「愛せない」と口にしているのです。

これは甲本が「マイクロフォン」をもってステージに立つ人間だから、ということではないでしょうか。

誰か特定の人だけを愛し、その特定の人にだけやさしさを与えることはできません。

彼はもっと多くの人に「ガンバレ」を届けなくてはなりませんから。

だから個人的に声を掛けることはできない、なぐさめることはできない。

けれどこの歌にその気持ちをのせて届けるから、どうかわかってほしい。

そんな気持ちでこのフレーズを歌っているのかもしれません。

パンクミュージックは反抗の歌か?

パンクミュージックはロックよりもさらに直截的に反体制的な若者の音楽だったと考えることもできると思います。

でもその反抗の原因はなぜでしょうか? 理由はいろいろあると思います。

しかしTHE BLUE HEARTSのパンクが人々をとらえて離さないのは、この詩がやさしさに溢れているからです。

厳しい現実の前で、それでも人にやさしくいたい。 そういう熱い思いが伝わってきます。

強いていうなら反抗的というより、挑戦的と捉えた方がしっくりくるかもしれませんね。

今回解説してきた「人にやさしく」を思い返してみてください。

甲本ヒロトは決して何かに反抗しているわけではありませんでした。

ただ自分が納得できない世界、思い描いているのと違う世界に対し、挑戦していく姿勢は見せているのです。

受け入れずに跳ね除ける反抗と違い、1度受け入れたうえでそれを超えようとする挑戦。

このスタンスが、THE BLUE HEARTSのやさしさ溢れるパンクを作り出したのかもしれませんね。