「スマイル・フォー・ミー」の季節
1980年代のアイドルの輝き
1981年6月1日発表、河合奈保子の通算5作目のシングル「スマイル・フォー・ミー」。
この曲で彼女は初めてオリコン・シングル・チャートで10位内に登場します。
最高4位を獲得して1980年代アイドルの華々しい顔ぶれの中で頭角を現しました。
チャーム・ポイントの八重歯があまりにも印象的で世の男性たちを虜にします。
しかし可愛いルックスや抜群のプロポーションなどルックスにばかり気を取られてはいけません。
「スマイル・フォー・ミー」での歌唱力は相当なものでした。
歌手活動の後期には自身で作曲をしてヒットを飛ばすようになる立派な音楽家でもあります。
河合奈保子という歌手の本当の魅力はどんなものだったのでしょう。
青春の日の初恋がテーマである「スマイル・フォー・ミー」の歌詞を解釈しながら魅力に迫ります。
1980年代アイドルの輝きを目の当たりにしていただけたら嬉しいです。
それでは実際の歌詞を見ていきましょう。
キラキラの初恋
ポップコーンは青春の象徴
止まらないの はずむ心は
ポップコーンみたいに踊る
出典: スマイル・フォー・ミー/作詞:竜真知子 作曲:馬飼野康二
主人公は語り手の私です。
おそらく女子高校生でしょう。
純真で真っ直ぐな心を持った健全さが私の取り柄です。
初めての恋に浮かれ立つ想いを歌い上げます。
1980年代のアイドル歌謡曲は女性の初恋というものが普遍的なモチーフでした。
もちろん人間の奥底に切り込むような歌詞ではありません。
しかしアイドルもいつかは大人の女性シンガーに成長します。
その際には深い内容の歌詞を歌い始めるでしょう。
河合奈保子も制作段階から録音に携わるようになると大人の歌を歌います。
しかしそうした未来はまだ誰も見越していなかった時代の曲が「スマイル・フォー・ミー」です。
歌詞に現れるポップコーンというアイテムは男女問わずアイドル歌謡曲では必須のものでした。
若々しさを表すものであります。
なおかつアメリカ合衆国の食文化であることが旧い歌謡曲との区別化にもってこいでした。
自宅でポップコーンを作ったことがある方は分かると思いますがポンポンと飛び跳ねるイメージ。
この飛び跳ねるというイメージが若さの象徴となるのです。
跳ねているのは私にとって初めての恋心。
実際の初恋というものは思春期固有のコンプレックスなどが素直であることを邪魔したりします。
しかしそうした負の側面はここでは捨象されるのです。
この時代のアイドル歌謡曲は何よりもアイドル本人を売り出すためのものだったのでしょう。
清廉な少女像
初恋にして両想い
そうよそっと二人つなぐ指先に
恋が芽ばえているの
出典: スマイル・フォー・ミー/作詞:竜真知子 作曲:馬飼野康二
指先が触れただけで高まる心。
この「スマイル・フォー・ミー」では男性側の反応は描かれていません。
しかし男性にとってもこうした触れ合いだけで心が踊ったのでしょう。
お互いが心を高めあって恋を進展させます。
両想いで初恋を経験できるのはとても幸せなことです。
片想いで初恋を終える人も多いでしょう。
どんなものでも初恋の記憶は鮮明でその後の人生を決するほどに大切なものになります。
河合奈保子のために書き下ろされたこの歌詞。
彼女のルックスはアイドルの中でも際立ったものです。
そのために片想いの歌ではなく両想いの恋になったのでしょう。
河合奈保子のような女子に恋されてOKしない男性などこの世の中にはいません。
天真爛漫なイメージがあったので後の「けんかをやめて」までは清廉な女性像を歌いました。
清純さの追求
おニャン子以前のアイドル歌謡曲
あなただけよ ほかには何も見えないの
もっとそばにいさせて 肩がふれあうくらい
めぐりあって 見つめあって 光にとけて
出典: スマイル・フォー・ミー/作詞:竜真知子 作曲:馬飼野康二
初恋というものは他の異性が見えなくなるほどの想いを抱えるものです。
四六時中、相手のことを考えてソワソワとしがちになります。
勉強も手につかないほどの恋煩いを誰しもが経験したでしょう。
両想いの恋なのでどこまでもふたりの関係を深めそうなものですがそこはアイドルの歌。
肉感的な愛は手の届かないところに置かれてしまいます。
おニャン子クラブのアイドル歌謡曲がこの風潮を変えるまでは清純さばかりが追求されていました。
まだ学園での日常会話の中に「不純異性交遊」という言葉があった頃です。
現代では考えられない風潮が男女の交際にまとわりついていました。
こうした風潮から外れると「不良」というレッテルさえ貼られていたのです。
昭和という時代は思い返してみると青春の日々を監獄に閉じ込めていた時代だったかもしれません。
「スマイル・フォー・ミー」のふたりも指先や肩の触れ合いだけで心をときめかしています。
とても微笑ましい情景なのですが固有の不自由さがあったからこそ萌えた思いなのです。
あくまでも明るく太陽の光のもとで育まれる愛。
月明かりの下の恋は大人たちのものでした。
若いアイドルたちはキラキラまぶしい中で恋をしていたのが昭和のアイドル歌謡曲の世界です。