一緒に来たはずの姉妹を見失ってから、どれだけの時間が過ぎたことでしょう。
既に涙は枯れ、真っ赤になった目からは何も零れることはありません。
それでも「かくれんぼ」を続けるのは、主人公がそれだけ幼い存在であるから。
全てを理解できないような年齢の子供だからこそ、この森に隠された真実を色濃く受け取ってしまったのです。
日の光が届きにくい森の中は、いつもより早く日が暮れ、辺りは闇に包まれます。
それはまるで幼い少女の不安を表しているかのよう……。
誰も助けに来ることのない森で迎える夜がどれだけ恐ろしいかは、言葉にしなくても容易に想像できます。
大切な人が今もそこで
変わり果てた形相と
いつものこのせせらぎ
待ってるの
出典: 鬼ノ森/作詞:HoneyWorks 作曲:HoneyWorks
ずっと忘れていた少女の頃の体験を、大人になってから改めて思い出した主人公。
あんなに恐ろしかったはずの思い出を忘れていたのは、心が恐怖を追い出そうとしていたからでしょう。
実際には、大切な母親を身代わりにして助かった自分。
そして今回は、妹の命と引き換えに助かってしまった自分……。
森の中では母と妹が、苦痛に歪んだ顔で今もそこに横たわっているはずです。
その周りには植物が生い茂り、まるで何もなかったように1日が終わっていくのです。
そして、樹海村の怨念は呪いをこれで終わりにしたわけではありません。
呪いは彼女の大切な子供へと引き継がれ、同じ運命を辿ることとなるのです。
大切なものすべてを犠牲にして、1人生き残る運命となった主人公。
それは自らの命を賭して誰かを守るのと同じくらいの、身を引き裂かれるような苦痛に違いありません。
かつての業が現在に災いをもたらす
罪深い歴史を持つ森
儚き命 揺れる木漏れ日
背中には鬼が住みついている
出典: 鬼ノ森/作詞:HoneyWorks 作曲:HoneyWorks
懸命に生き、そして誰かを守るために消えていった尊い命。
その1つ1つが光となって、森の奥深くに明るさをもたらしているようです。
しかし、そんな美しい光景のすぐそばには、彼女たちを陥れた暗い怨念が今も渦巻いています。
彼らの呪いを解かない限りは、悲しい連鎖が途切れることはない……。
かつて人間が、自らの手に負えない存在を「生贄」として樹海村へ献上してきたという歴史があります。
そんな小さな命が集まって、大きな呪いへと姿を変えてしまったのです。
人間が今恐れているものは、かつて人間が生み出したもの。
遥か昔の人々の「業」が、今形となって表れているのです。
既に涙は枯れ果てて
心は錆びて体が軋む
寂し涙がぽろぽろ落ちて
落ちて
出典: 鬼ノ森/作詞:HoneyWorks 作曲:HoneyWorks
1人ぼっちになってしまった主人公が流すのは、ただ「もう1度会いたい」という涙です。
他には何もいらないから、ただあの頃の私たちに戻してほしい……。
大切な人が自らを守るためにいなくなってしまったという事実は、この先ずっと消えることはありません。
涙が地面に落ち、そこからまた悲しみの芽が出てくるように……。
ただ1つの「悲しい思い」が生んだ連鎖は、どんどんと広がってゆくのです。
既に過去を振り返る力も、大切な人を想って叫ぶ気力も残ってはいません。
楽しさも喜びも感じなくなってしまった心では、主人公に明るい未来が思い描けるはずがないのです。
今も続く呪いの中で
いつかの面影を追いかけて
おぼろ月照らす
面影追いかけ
行かないでよ 行かないでよ
大地は容赦なく
出典: 鬼ノ森/作詞:HoneyWorks 作曲:HoneyWorks
太陽の下でどれだけ目を凝らそうとも、大切な人々の姿が見えることはありません。
しかしぼんやりと灯る月明かりの下であれば、重なり合う木々や影を懐かしく感じることもあります。
そんなわずかな存在ですら、縋りつきたくなってしまう主人公。
それでも月が沈み朝が来れば、彼女たちは再び姿を消してしまうのです。
MVの中で悲痛な表情を浮かべるCHiCOは、まるで物語の主人公になったよう。
大切な人が消えないのならば、もう自分の世界は永遠に夜のままでいい……。
そんな悲しい願いですら口に出してしまうほどに、切なさと寂しさが身を切るように襲い掛かってくるのです。