他の誰にも見えないフィルム。
それはまさに、僕自身の心の中にある記憶です。
目に映るものを、大切にそのまま記録していく。
光をそのままフィルムに焼き付けるように、心の中に残していきます。
君が笑ってくれると泣きそうで
きっと隠しきれない僕の心を映すだろう
君が笑うと
泣きそうな僕を
出典: Documentary film/作詞:桜井和寿 作曲:桜井和寿
「ドキュメンタリー」は、実際に起こったことをそのまま記録する形式を指します。
その中に記録されるのはあくまで事実。
ですがフィルムに切り取られた事実には、映したものの想いが重なります。
心のフィルムに映された映像。
そこに残されるのは、笑顔を見て泣きそうになる僕の想いです。
普段、君の前では隠している僕の想い。
楽しいはずの君との時間を思って、泣きそうになるのは何故なのでしょうか。
その答えは歌の最後に語られています。
幸せと悲しみと
幸せは演出しなくてもそこに
希望や夢を歌った
BGMなんてなくても
幸せが微かに聞こえてくるから
そっと耳をすましてみる
出典: Documentary film/作詞:桜井和寿 作曲:桜井和寿
映画やドラマでは、場面を盛り上げるためにとかく演出を入れるもの。
それはドキュメンタリーでもよくある出来事です。
感動的なシーンなら、それを演出するように希望を歌うBGMを乗せてみたり。
けれどこのフィルムは僕の頭の中にだけあるもの。
BGMをつけなくても耳を澄ませば聞こえてくる。
それほどに確かな幸せが、僕と君との間には流れているのです。
悲しみは次のための演出に
ある時は悲しみが
多くのものを奪い去っても
次のシーンを笑って迎えるための
演出だって思えばいい
出典: Documentary film/作詞:桜井和寿 作曲:桜井和寿
ピアノのゆっくりした音だけが彩るフレーズから始まる一節。
胸に刺さるような、けれどあたたかい感情を詰め込んだ歌声が耳に染み入ります。
一方で、人生には望まない悲しみが襲い掛かることもあります。
そんな時こそ、心の中のフィルムを通して目の前の風景を眺めてみるのです。
苦しい出来事や、悲しい思い出。
映画の中なら、それはきっと次のシーンを盛り上げるための演出です。
高い壁のように、雨の後の虹のように。
乗り越えたときにより喜びや楽しさを感じられるもの。
そう思うことで、悲しい想いも前に進むための力になります。
優しく背中を押してくれる言葉が胸に響きます。
全てはいつか終わりが来るとしても
枯れた花の示すもの
枯れた花びらがテーブルを汚して
あらゆるものに「終わり」があることを
リアルに切り取ってしまうけれど
出典: Documentary film/作詞:桜井和寿 作曲:桜井和寿
「枯れる」ことが象徴するもの。
それは命の終わり、死であり、幸せな時間の終わりです。
美しい花も、いつかは枯れてその命を終えてしまう。
それと同じように僕も、君も、いつかは命を終える運命にあることを思い出さずにはいられません。
「汚す」という言葉からも暗いイメージが伝わってきます。
僕が描き出すフィルムは、創作ではなくドキュメンタリー。
目の前に存在するものは、それが暗い未来を暗示するとしてもそのまま映してしまいます。