『スター誕生』から生まれたスター
抜群の歌唱力で歌った「聖母たちのララバイ」
岩崎宏美がオーディション番組『スター誕生』出場をきっかけに歌手デビューしたのは1975年のことです。
その後は作家陣やヒット曲に恵まれ、文字通りスター街道を歩むことになりました。
デビューした年にヒットした「ロマンス」と「センチメンタル」はともに阿久悠と筒美京平の作詞作曲です。
歌謡界の大御所が曲を提供したのはそれだけ実力が認められていた証でもあるのでしょう。
適度にビブラートの効いた、よく伸びて艶のある声は明るい曲よりも泣かせる曲が似合うような気がします。
そんなところが『火曜サスペンス劇場』という悲しい結末のドラマのエンディングテーマにもぴったりです。
犯罪をテーマにした2時間ドラマの最後に流れる悲しげなメロディーは視聴者のハートを掴みました。
彼女が「聖母たちのララバイ」を歌うというプランは正解だったのです。
サスペンスドラマはラストが重要?
ドラマチックに歌い上げる力量
サスペンスドラマというのは犯人がいて被害者がいて刑事が登場して、というお話が一般的です。
登場人物にはそれぞれの人生があり、罪を犯した人間にも複雑な事情や想いがあると想像してください。
最後に手錠を掛けられた犯人の肩に刑事が手を置いて、犯人は愛する人のほうをちらりと見る…。
大抵はラストのこんなシーンに重なるように「聖母たちのララバイ」が流れるのです。
映画やドラマにとって音楽は非常に重要な要素のひとつです。
テーマソングを聴いただけでラストシーンや俳優の顔が目に浮かぶ、そうなるのが作り手の理想でしょう。
ドラマのエンディングテーマはことのほか重要で、ラストを盛り上げるには歌い手の実力が問われます。
歌が上手くてもあまり明るい雰囲気のアイドルだとこの曲には合いません。
しっとりとドラマチックに歌い上げる力量と落ち着いた雰囲気が岩崎宏美にはありました。
だからこそ、この曲は彼女の代表作になったのです。
戦う男たちを救うものは?
戦士に聖母のくちづけを
さあ 眠りなさい
疲れきった 体を投げだして
青いそのまぶたを
唇でそっと ふさぎましょう
出典: 聖母たちのララバイ/作詞:山川啓介 作曲:木森敏之
仕事や毎日の生活に疲れた男にこの歌が届けば、目を閉じて眠りに落ちてしまうかもしれません。
辛い現実から逃げ出してしまいたいと思うことは誰にもあるのではないでしょうか。
そんな時、優しく語りかけるような岩崎宏美の歌声が戦士たちを慰めます。
戦士とは仕事や人生で戦うすべての人たちのことなのでしょう。
男は疲れ果て、限界まで戦った証がその目や顔に表れているようです。
女神のようでもあり母親のようでもあるまさに聖母の慈しみが彼らの心と体を癒やそうとします。
「もう戦わなくてもいいのですよ」という聖母のくちづけはどんな薬よりも効き目がありそうです。
最初のパートから優しさに溢れた歌詞に慰められるようですね。
疲れた心と身体には子守歌(英語でlullaby=ララバイ)のようにも感じられるメロディーです。
献身的な愛情
聖母が愛した人とは?
ああ できるのなら
生まれ変わり あなたの母になって
私のいのちさえ
差しだして あなたを守りたいのです
出典: 聖母たちのララバイ/作詞:山川啓介 作曲:木森敏之
ここには我が身を捧げても愛する人を救いたいという献身的な姿が見えています。
聖母は自分のすべてを捧げる愛の象徴だったのです。
彼女が愛した人はどんな男だったのでしょうか。
男は何らかの事情で罪を犯してしまったのかもしれません。
根っからの悪人ではなく、真面目に生きてきたのにあることがきっかけで人を殺めてしまったとしたら…。
なんだかそんな事を想像してしまいます。
「聖母たちのララバイ」が流れるドラマは一話完結で毎回違うストーリーになっていました。
根底にあるのは一歩間違えばごく普通の人間が罪を犯してしまうかもしれない怖さだったと思います。
歌の世界もドラマの世界も、想像力を膨らませることでより深く楽しめるのではないでしょうか。