お酒を飲まない方も失恋したら酔いたくなる気分は想像しやすいでしょう。
主人公がどのような日々を過ごしていたのか、少しずつ状況が明らかになるところが興味深いですね。
まさに「愛はスローにちょっとずつ」というタイトルどおりの展開です。
毎晩、酔っ払っていると前置きがあったので、続くのはお酒を飲んだうえでの強がりかもしれません。
本当は君の愛が欲しいから、君の夢ばかり見ているはずなのです。
ひとりは寂しくてふたりでいたいからお酒に浸っているに違いありません。
それなのに逆のことを言っています。
この歌詞そのものが酔っ払っているような、夢の中の出来事みたいな状態になっているところも秀逸です。
2番の歌詞に進もう!
強がりのあとは本音
いつまでもそばにいて
微笑みをもう一度
酔いどれうらぶれた
こんな俺を抱きしめて
出典: 愛はスローにちょっとずつ/作詞:桑田佳祐 作曲:桑田佳祐
2番に入り本音があふれ出しました。
1番の強がりとは打って変わって「一緒にいたい。笑顔を見たい」という想いがストレートに表現されています。
初登場した主人公の一人称は「俺」。
ただ、俺は君にフラれています。
もし君が今の俺の前に現れても、酔っ払った勢いだからと話半分でしか聴いてもらえないのではないでしょうか。
つまり逆効果かもしれません。
「君がいない」だけだと、何か理由があって離れ離れになったのかもしれないと考える余地はあります。
しかし俺はフラれているのです。
強がりを言っても、本音を吐き出しても、なかなか想いは届きそうにありません。切ないですね。
突然、夏の海が登場
揺れる木漏れ陽
海へと続く道を
裸足で駆けた
夏は Kiss me darling
出典: 愛はスローにちょっとずつ/作詞:桑田佳祐 作曲:桑田佳祐
すみれの花は春に咲きます。
俺の部屋ですみれの花が咲いていたことを思い出すと、この歌物語の季節は春になるでしょう。
ところが唐突に海や夏が登場します。
たしかにサザンといえば夏の海というイメージもありますが、いきなり春から夏へ時間が流れたとは思えません。
何しろこれまでタイトルどおりに、少しずつゆっくり俺の失恋話が進んできたわけですから。
そうすると「この突然の展開は何なのか?」という話になるでしょう。
答えは回想ですね。
すみれの花びらが風にそよぐ様を見て、君を思い出しているようだと表現していた俺でした。
そもそも俺が君のことばかり思い出していて、花びらさえ同じことをする仲間のように感じたのかもしれません。
このあたりの前フリがいよいよ具体的な過去の記憶として現れたのです。
俺が思い出した光景は「彼女とデートした夏の海」だったことになります。
夢で見た光景とも重なるのでしょう。
君はもういないのに希望と歌うのは何故?
忘れられない
愛はスローにちょっとずつ
黄昏(セピア)に染まるんだ
Oh, yeah 忘られぬ
鳶色の瞳
出典: 愛はスローにちょっとずつ/作詞:桑田佳祐 作曲:桑田佳祐
2番の中盤、あとはサビを2回繰り返すだけというところまできて、ようやくタイトルの登場です。
これまでも実際タイトルどおりのやり方で愛が語られてきました。
さらにタイトルそのものが歌詞に出てくるタイミングが非常に遅いという意味も重なります。
これは作詞の手法やタイトルのつけ方という観点から解釈した場合のおもしろさでしょう。
今度は実際の歌詞としてどういう意味があるのか?に注目します。
君と俺の関係は既に終わっているものの、俺にとって「夢に出てくる君」や「君との記憶」は「愛」なんですね。
そんな俺にとっての愛、つまり夢や記憶は少しずつゆっくり薄れるものであるという話でしょう。
一言でまとめるなら、忘れられない。
これまでタイトルどおり丹念に言葉が積み重ねられてきました。
主人公の男性は失恋の果てに酔っ払って、みじめな状態になっていることもわかっています。
愛なんて~とか、ひとりで~など、思ってもいない強がりを並べていたことさえ明らかになっているわけです。
それでも、いや、だからこそ、ここにきてストレートな本音の一言がリスナーの心をグサッとえぐります。
その一言が本当に遅い。
そうツッコミたくなる仕組みはタイトルで説明済みです。
しかも黄昏(たそがれ)と書いて、セピア(色あせた茶色)と読ませる美しい言葉遣いもあります。
さらに茶褐色の君の目を鳶色(とびいろ)と表現し、セピアと重ねているわけです。
君の夢を見てたそがれ、君の記憶が色あせても忘れられない俺。
ありふれた物語のはずなのに、美しい日本語で、ツボを押さえた手法で畳みかけられると涙を禁じ得ません。
愛こそが希望
もう愛なんて要らないさ
ぬくもり消せないんだ
Oh, yeah 溢れ来る
ひとすじの涙
No, I don't cry もう泣かないさ
夜明けが待っている
Oh, yeah 君だけが
希望の光
さよならも云えず
出典: 愛はスローにちょっとずつ/作詞:桑田佳祐 作曲:桑田佳祐
ラストでまた強がりを繰り返します。
泣きながら泣かないと歌う矛盾もリスナーの涙をそそるポイントでしょう。
タイトルに込められた意味とこれまでの流れがあるので、最後の一行もキラーワード(殺し文句)。
「忘れられない」に匹敵するストレートな表現ですが、伝家の宝刀のごとく効果的なポイントで投下されます。
最後に残る謎は「なぜ君が希望の光なのか?」ということかもしれません。
何しろ君は俺をフッた相手です。
それでも俺はまだ君のことを忘れられず、夢で会う君、記憶の中の君を愛しているという話でしょう。
俺が落ち込む原因となっているのも君ですが、君のことを思い出すだけで俺は救われているのかもしれません。
まるで子守歌のように。
結局、別れても君に対しては愛しかない。だから希望の光である。そう解釈できるでしょう。
酔いつぶれて朝になっても、太陽という光はまた昇ります。
よりを戻すという俺の希望は叶わなくても、今はまだ、愛する君を思い出すことが希望になっているのでしょう。