文学少女に片思い
「図書室の君へ」は、主人公の一人称視点で進行していきます。
主人公の自称は「僕」。
おそらく男子学生であると推測できます。
もう1人の登場人物は、「君」と呼ばれている少女です。
「僕」と「君」は同じクラスのようですが、あまり親しくはない様子。
接点の少ない2人を結びつけるのが、図書室という舞台です。
図書室での出会い
哲学的な思案
「君を好きになって初めてわかった。
好きになるっていうのは、
その人のことをもっと知りたいと思う気持ちのことだ。
だから、僕は君のことをもっと知りたいと思った」
出典: 図書室の君へ/作詞:秋元康 作曲:杉山勝彦
曲は歌ではなく、印象的な語りから始まります。
まるで小説の中に登場しそうな、抽象的かつ詩的な1節です。
主人公がいつ、「君」を好きになったのかは定かではありません。
曲の序盤では、すでに好意を自覚している様子です。
さらに進んで「好きな人は、どんなものが好きなのだろう?」と感じています。
この思いこそが、主人公を図書室に向かわせた動機です。
君が通う場所へ
図書室の本棚の向こう側
そう何か探してる君がいる
偶然のふりをして覗こうか
いやここから 隙間の君を見ていようか
出典: 図書室の君へ/作詞:秋元康 作曲:杉山勝彦
図書室に入った主人公は、本棚の前に立つ「君」を見つけました。
気に入った本を探している途中なのでしょうか?
「君」は主人公に気づいていません。
また「向こう側」というフレーズから、非常な学校らしさを感じてしまう部分でもあります。
書店や多くの図書館にある本棚は、背板がはまっていて向こうを見ることができません。
しかし、多くの学校の図書室では、本棚に背板がはまっていないのです。
さらに大きさも様々な本が収められているため、本と上の棚板の間に大きな隙間もあります。
棚越しに向こうを覗き見ることは簡単です。
ここで、主人公は小さな逡巡をします。
「君」と同じ列に行くか、ここで垣間見を続けようかの2択です。
探したい本がたまたま、「君」が見ている棚にあった。
そんな理由づけができるのも、図書室の良いところ。
しかし好きな人に近づいて行くのは、やはり勇気のいることでもあります。
棚の間からこっそり見ている方が、ずっと気楽でいられるでしょう。
「こっそり」と考えるとネガティブな印象を持つ人もいるかもしれません。
しかし、好きな人を物陰から見るのは、平安時代からの伝統です。
平安貴族の女性たちは、屋敷の外に出る時は顔を隠すことが通例でした。
しかし屋敷の中では、顔を隠さず遊びに興じていたこともあります。
そこで男性たちは、美しい女性を探すために「垣間見」をしなければなりませんでした。
生垣の隙間から屋敷の中を覗き見て、美しい女性の顔を見るのです。
相手に気づかれることなく、しかし堂々と相手の姿を見ている。
図書室のこの場面は、そんな「垣間見」に通じる心がありそうです。
チャンスを待つ
「放課後になって まだ、校舎に残っている生徒は
誰かに話しかけたくて待っているのかもしれない」
出典: 図書室の君へ/作詞:秋元康 作曲:杉山勝彦
再び語りが入る場面です。
これは主人公の推測だと考えられます。
しかし、「みんな誰かを待っている」と考えると非常にロマンチックでもありますね。
学校は、究極的には勉強をしにくる場です。
昼間はチャイムに時間管理されているので、自由は制限されています。
対する放課後は、「解放」の「放」の字が入っているように自由です。
時間を気にせず誰かと話すなら、放課後ほど良い時間はありません。
窓際のカーテンが風に揺れ 膨らみ始めた
出典: 図書室の君へ/作詞:秋元康 作曲:杉山勝彦
何かのスタートを予感させる一文です。
注目するのは、文末の「はじめた」。
ここではあえて「始」の字が入るよう、文章が考えられているのではないでしょうか。
単に「ふくらんだ」と書くこともできる部分です。
「はじめた」と書くことで、読者、聴く人は「スタート」「はじまり」を連想します。
ここでは、主人公と「君」の繋がりが始まったことが暗示されているのではないでしょうか。
単に「好きだな」とだけ思っていた主人公は、彼女がよく図書室にいることに気づきます。
そこで「たまたま」出会ったふりをして、自分も図書室に通うようになりました。
互いに話すことはなくでも、同じ空間で時間を過ごす。
そんな瞬間を積み重ねることで、いつかロマンチックな偶然が生まれるかもしれません。