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2017年04月23日更新

藤原さくらの2ndシングル「Someday」の歌詞を紐解く

藤原さくら2ndシングルは彼女の作詞作曲となる「Someday」と映画『3月のライオン』後編主題歌の「春の歌」との両A面仕様。彼女の祖父母の出会いに感じたことを彼女自身の言葉で紡いだという「Someday」は、大切な人と出会い、一緒に過ごしていく未来を歌う、あたたかく幸せな歌です。

かけがえのない「出会い」に感じたもの

藤原さくらの2ndシングルに収録された「Someday」は、彼女自身が作詞作曲を手がけた歌です。

彼女がドラマに出演したときの「出会い」や、彼女の祖父母の「出会い」に感じたことを基に、彼女自身の言葉で紡ぎ出されています。

この「出会い」は運命だろうか、偶然だろうか、――そんな風に考えるくらいにはかけがえのない「出会い」をした彼女の言葉は少し不思議な雰囲気を醸し出し、軽快な音楽に彩られ心地よく流れ込んできます。

素敵な「出会い」から期待されるしあわせな未来を思い描く「Someday」の歌詞を紐解いていきます。

「出会い」から期待する未来を描く

ひとり と ひとり
いつか ふたり になって
歩く 見つける
廻る 広がる

出典: http://www.utamap.com/showkasi.php?surl=k-170329-093

『ひとり』同士だった『ふたり』が出会い、その後の人生を一緒に歩んでゆくという描写です。

『ふたり』は共に歩きだしたその先で何を見つけ、何が廻り、何が広がると言うのでしょうか。

ここでの『ふたり』は、基となっているのが彼女自身の仕事現場での出会いや彼女の祖父母の出会いということで、この歌詞の中では恋人同士とも友人同士とも捉えられるようになっています。

しかし方向性を定めるためにも、今回は恋人同士と仮定して読み解いていくことにします。

ぼくらはいつも主人公で
物語の中にいて
ふたりが会うのは必然
ハッピーエンドじゃないと!

出典: http://www.utamap.com/showkasi.php?surl=k-170329-093

人生を『物語』とすると、自分自身はいつだって自分自身の『物語』の主人公です。

『ふたり』が出会うのは偶然のことではなく、約束された必然のこと。

そう信じるに足る出会い方をしたのでしょうか。

それともお互いに何か感じるものがあったということでしょうか。

そうして出会った『ふたり』が一緒に織り成す『物語』に待ち受けるものは『ハッピーエンド』でなければ、という希望と期待に満ちています。

Someday いつか ふたりが
もっと長い時を過ごして
それでも 運命がまた廻って
物語は 続いていくの
そうだって言ってよ!

出典: http://www.utamap.com/showkasi.php?surl=k-170329-093

出会ったばかりの『ふたり』は更に長い時を一緒に過ごすことでしょう。

その先にあるのは不変のものではなく、『運命』が『廻る』と表現する出来事が起こり『物語』は続いていきます。

『物語』といえば山あり谷あり。

良いことも悪いことも起こりますが、そうしたことも一緒に乗り越えながら、『ふたり』の『物語』は続いていくのです。

それはこの歌詞の中で語っている現在からすると、いつかの未来のことです。

未来のことはまだ確定されているわけではなく、本当に在りうる未来かどうかもわかりません。

けれど、だからこそ、この先もずっと『ふたり』は共に在ってほしいと言っているのです。

その確証を誰かにしてほしい、そんな未来が在ると同意してほしいという願いが表れています。

ねぇ、 もしこれが偶然で
街中 すれ違っても
きみに気がつくこともない
そんな世界もあるの?

出典: http://www.utamap.com/showkasi.php?surl=k-170329-093

『ふたり』の出会いは『偶然』でしかなく、街を歩いているときに『きみ』にすれ違っても気がつくこともない他人同士、という可能性もあり得たのだろうかという疑問を投げかけています。

何かが、どこかが掛け違っていたら、『ふたり』はお互いにまったく知らない者同士のままだったかもしれません。

この疑問には、そんな「もしかしたら出会っていなかったかもしれないこと」に対する不安が表れています。

ぼくらはいつも主人公で
物語は変わらない
隣にいるのは必然
ハッピーエンドしかない!

出典: http://www.utamap.com/showkasi.php?surl=k-170329-093

しかしそんな不安も振り払うように、いまの『ふたり』が共にいるのは決まっていたことだと続きます。

違う『物語』なんていうものはないと否定しています。

そして自分たちが『主人公』として紡ぐ『物語』の行き着く先は『ハッピーエンド』しかないのだと言い切ります。

不安を感じてしまった自分自身に言い聞かせるような、力強い語調です。

Someday いつか ふたりが
お互いの大切な人も 大事にして
Someday いつか ふたりが
ふたりより大切な子に出会う
そんな未来

出典: http://www.utamap.com/showkasi.php?surl=k-170329-093

『お互いの大切な人』というのはそれぞれの家族のことでしょうか。

『ふたりより大切な子』というのは『ふたり』の間に生まれる子どものことでしょうか。

いつか『ふたり』が結ばれ、そうして子どもに恵まれる、そんな幸せな未来を思い描いています。

Someday いつか ふたりが
全部 奇跡だって気づいて
それでも 運命とまだ呼ぶなら
物語は もっと素敵に 色づいて

出典: http://www.utamap.com/showkasi.php?surl=k-170329-093

『ふたり』が出会ったことも、一緒になったことも、子どもが生まれたことも、実はほんのわずかな可能性の中から巡り会った『奇跡』でした。

いつかの未来、そのことに気づくだろう『ふたり』がそんな『奇跡』の重なりを『運命』と呼ぶのなら、『ふたり』の『物語』はこれまで以上に輝くのかも知れません。

歳を重ねた『ふたり』の未来が、いまよりも更に色鮮やかに彩られる可能性、希望を歌います。

Someday いつか ふたりは

ふたりより大切な子の笑顔で
運命だって教えてもらえるの
決まってたんだって
そんな未来

出典: http://www.utamap.com/showkasi.php?surl=k-170329-093

子どもの笑う顔を見て、幸せを感じる『ふたり』はきっと、こんな未来が来ることは最初から決まっていたのだと確信するのでしょう。

たくさんの『奇跡』が折り重なって到来した未来は、きっと『運命』に導かれてやってきたものだと思うのでしょう。

幸福に満ちた未来を信じるあたたかなフレーズです。

Someday いつか ふたりが
もっと長い時を過ごして
それでも 運命がまた廻って
物語は 続いていくの
そう信じてるの

出典: http://www.utamap.com/showkasi.php?surl=k-170329-093

『ふたり』がたくさんの時間を共に過ごす中で、『運命』は二転三転し、たとえばつらいことや苦しいことがあるかもしれません。

大きな変化はつらいことだけでなく幸せなことも連れてくるはずです。

『ふたり』で一緒に困難を乗り越えて、幸福を噛みしめて、そうして一緒に『物語』を歩んでいくのです。

分かたれることなく、『ふたり』の『物語』は続いていくのだと、一途に信じていると結んでいます。

一緒に生きていくということ

冒頭のフレーズの4つの動詞

これまで「Someday」の歌詞をひととおり見てきましたが、冒頭のフレーズにある4つの動詞を改めて見てみます。

歩く 見つける
廻る 広がる

出典: http://www.utamap.com/showkasi.php?surl=k-170329-093

最初に、『ふたり』は共に歩きだした先で何を見つけ、何が廻り、何が広がると言うのか、という疑問を呈しましたが、それをここで改めて考えてみます。

『ふたり』が共に歩き同じ時間を過ごす中で『運命』が廻り、つまりは転機を迎えながら、『物語』は続き広がっていきます。

『ふたり』がいつか出会う、子どもやその子が関わる人たちへと広がりを見せることになるのでしょう。

ここで語られているのは『ふたり』の物語ですが、『ふたり』以外の物語も少しずつ重なり関わり合っているということは考えられないことではありません。

『ふたり』の家族や友人の『物語』に何らかの影響が広がるということは不自然ではないはずです。

それでは『ふたり』が一緒に歩きだし、『運命』が『廻る』前に『見つける』ものは何でしょうか。

共に暮らすための住まいでしょうか。

この先もずっと共に生きていくのはお互いであることの確証かもしれません。

歩きだしたときはもしかしたらかけがえのない友人で、その道中で自分の中の友愛とは異なる愛情を見つけた、という可能性も考えられます。

いずれにしても『ふたり』が共に生きていくためのキッカケであることに違いはありません。

いつかの未来

いつか訪れる未来が幸せなだけ、なんていうことは、もちろんないでしょうが、「結婚や新たな命の芽生え、さらなる出会いなどかけがえのない経験がこれからの人生に待ち受けているはず」、歌われているのはそんな未来です。

これまでに起きたこと、これから起きるだろうことはきっとわずかな可能性の中から偶然に、もしくは必然に選ばれた出来事です。

その奇跡ともいえる確率の中から自分自身に起きた事柄を良いことも悪いことも運命として受け入れることができる、そんな穏やかな自分のいる未来はきっと今より鮮やかに輝いていることでしょう。

初めにも書きましたが、この歌は、藤原さくら自身の祖父母の話を聞いて感じたことを基に書き出されたものだそうです。

語る祖父の、あるいは祖母の姿を見て、彼女は「祖父母の目に映る世界は自分が見ているものよりも素敵に映っている」と感じたのではないかと思うほどには、「期待」や「希望」と表現するだけでは足りない「確信」があるようにも感じられます。

いつか、大切なひとと幸せを噛みしめている、そんな未来が訪れますように。

「Someday」はそういうあたたかな想いに満ちた歌でした。

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音楽好きの駆け出しライター。

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