ハスキーボイスが魅力の「ボヘミアン」
ロック歌謡の黎明期
1983年5月21日にシングル・カットされた葛城ユキの「ボヘミアン」。
実はこの曲、大友裕子が先に歌っていたものを葛城ユキがカバーした形になっています。
しかし作曲家の井上大輔は「ユキのために書いた」と証言しているのです。
葛城ユキにとってこれほどの大ヒット曲は初めてでした。
オリコン・シングル・チャートで最高3位を獲得します。
ベストテン番組などで彼女が披露したハスキーボイスが忘れられないという人も多いはずです。
歌詞カードを読まなくてもカラオケなどで歌える方もいらっしゃると思います。
1983年といえばアルフィーが「メリーアン」の大ヒットでお茶の間にハードロック歌謡を届けた年。
「ボヘミアン」も特徴的な女性ボーカルと少しハードなサウンドがこの時代にマッチしていました。
女性の情念を歌い込む歌詞もまたリスナーの記憶に長く遺るものでしょう。
この曲「ボヘミアン」の歌詞を振り返りながら解説いたします。
それでは実際の歌詞を見ていきましょう。
女ロッド・スチュアートの異名
タロットカードの普及に一役
ボヘミアン 破れかけのタロット投げて
今宵も あなたの行方占ってみる
出典: ボヘミアン/作詞:飛鳥涼 作曲:井上大輔
あまりにも有名な歌いだしです。
最初のワードを力強く歌う葛城ユキのハスキーボイスとその声量の大きさに驚かされました。
日本の女性シンガーでこれほど灼けた声の持ち主はこれまでの歌謡史ではいません。
ジャニス・ジョプリンの影響かなと思われたのですが若干事情が違うよう。
髪型などのルックスを含めると女性でありながらロッド・スチュアートを目指したようです。
「女ロッド・スチュアート」などと呼ばれていました。
この時代の日本のシンガーは皆、ロッド・スチュアートに憧れています。
西城秀樹などのアイドル・シンガーもロッド・スチュアートをモデルにしていました。
またテレビのベストテン番組などを観ていた低年齢層はこの曲の歌詞でタロットカードを知ります。
西欧では古くから根付いていたタロットカードの文化。
しかし彼の地でもスタイリッシュに現代化されたのは1972年頃だといわれています。
日本でタロットカードが広く認識されたのは「ボヘミアン」の大ヒットの影響もあるでしょう。
タロットカードで好きな男性が今晩どこにいるのかを占います。
おそらくタロット占いではこのような情報は分からないはずです。
幸福の追求のために
身の程知らずという旧い概念
ボヘミアン 身の程知らぬ恋でしょうか
幸福せ もとめちゃいけないでしょうか
出典: ボヘミアン/作詞:飛鳥涼 作曲:井上大輔
身分制などないのが戦後日本社会の大前提です。
それでも恋愛に関しては「私はあの人に不釣り合いではないか」などと相応な身分を考えてしまいます。
今でも「*ただしイケメンに限る」などの言葉が存在しているのです。
容姿というものが身分制度の代わりとして恋愛の価値観の中で覇権を握ります。
葛城ユキはカッコイイ女性ではあるのですが、美人かどうかは評価が割れるでしょう。
そんな彼女に宛書きしたのでしょうか。
飛鳥涼の歌詞はかなり残酷な側面があります。
しかし当然に誰にでも幸福を追求する権利はあるのです。
「ボヘミアン」は今では昭和歌謡的な括り方がされます。
後の時代には誰しもがハッピーであることが第一であるようなアイドル・ソングが蔓延しました。
「ボヘミアン」のようなどこか背景の暗さがある歌は敬遠されがちな空気ができてしまいます。
不幸であるより幸福であることを追求するのは正しいことでしょう。
しかし経済的な観点から見ると1980年代を頂点にしてこの国は長らく凋落します。
経済成長率が低くなる現実と相反するようにハッピーな曲があふれることには恐さを感じてしまうのです。
経済的に成長していた時代の方が創作物のメンタリティーが暗かったことは記憶にとどめていたいこと。
流行歌は時代を写す鏡であります。
しかし明るい時代だからハッピーな歌が流行るというような単純なものではありません。
旅人に恋をした私
一晩で恋に落ちてしまった
一夜に燃え落ちて 甘い夢見て
狂おしく抱きしめた あなた旅人
出典: ボヘミアン/作詞:飛鳥涼 作曲:井上大輔
ここも有名な歌詞です。
サビですから覚えている人は多いでしょう。
「ボヘミアン」というくらいですからあなたは日本どころか世界を股にかけている旅人かもしれません。
とはいえ1983年はまだ海外旅行には固有の高いハードルがあった時代です。
円のレートも安い時代でした。
あなたは日本を旅していると考えた方がいいかもしれません。
その旅先であなたは私と運命的な出会いをしてしまうのです。
一晩の忘れられない出逢いであったのでしょう。
この当時は「風来坊」という言葉がまだありました。
さすらうことに男の美学を見つけるような価値観が健在だった時代です。
現代では旅行が趣味というのは普通のことになりました。
そうはいっても年中、居場所を変える人は独特な事情があるでしょう。
自称「ボヘミアン」なんて人には会ったことありませんが。
主人公は「ボヘミアン」のあなたとの一晩の想い出を大事に生きています。
毎晩の行方を占うくらいですから、相当な執着心でしょう。
こうした出逢いは一回性のものであるからこそ、深く印象に残っているのです。