スピッツ初期の名曲「夏の魔物」
不穏なタイトルと不吉な歌詞
1991年3月25日発表、スピッツのファースト・アルバム「スピッツ」収録曲。
1991年6月25日発表、スピッツの通算2作目のシングルとしてアルバムからリカットされた「夏の魔物」。
初期のスピッツに固有な性急でパンキッシュな味わいもあるナンバーです。
この曲「夏の魔物」の歌詞に注目しました。
草野正宗らしい難解さも感じる歌詞で理解が難しいのですが王道の解釈を参考に独自解説します。
「夏の魔物」の正体とは何でしょうか。
タイトルにある不穏さが怖いです。
若き日の草野正宗の煌めく才能に敬意を表しながら独自解釈してゆきます。
それでは歌詞を見てゆきましょう。
ふたりの生活は平穏だった
夏を間近に控えて
古いアパートのベランダに立ち
僕を見おろして少し笑った
なまぬるい風にたなびく白いシーツ
出典: 夏の魔物/作詞:草野正宗 作曲:草野正宗
まだ歌詞には平穏さが漂っています。
ふたりの関係が良好であることが示されているのです。
全体が少し前の記憶のように語られています。
過ぎ去った季節の些細ですが大切な想い出の一瞬を切り取ったかのようです。
風がぬるいというのは夏が訪れる少し前の季節を想像させます。
梅雨の季節の気まぐれな晴れ間にベランダでシーツを洗濯して干していたのかもしれません。
「夏の魔物」
まだ本格的な夏が訪れる前の情景。
湿気の高さだけが不穏さを伝えますが、全体的に穏やかな歌い出しです。
ただし、サウンドはその後のスピッツのアベレージと較べると性急ささえ感じるもの。
歌詞は早いリズムで歌い切りたいと想っていた頃に創った歌でしょう。
歌詞から推測すると下からベランダのシーツを見上げていた「僕」には青空が見えていたはずです。
爽やかさを感じるのは青空と白いシーツのコントラスト、そして木造建築の穏やかな色が目に浮かぶため。
また「僕」を見る「君」が穏やかな表情であるだろうことも想像されます。
まだ「夏の魔物」は登場していません。
転がり続ける青春
ふたりで苦難を乗り越えてきた
魚もいないドブ川越えて
幾つも越えて行く二人乗りで
折れそうな手でヨロヨロしてさ 追われるように
出典: 夏の魔物/作詞:草野正宗 作曲:草野正宗
自転車のふたり乗りは危険ですので控えて欲しいのですが青春の風景でもあります。
夏が訪れる前の晴れ間の空気を感じさせるライン。
ただし、腐敗した河川などの描写がこれからの不穏な展開を少しだけ開示します。
実際にふたりで自転車に乗ったこともあるのでしょうが様々な障壁をふたりで乗り越えてきたこと。
そうしたふたりの歴史を詳らかにしているようでもあります。
どこまでもふたり一緒だったことの記憶を振り返るのです。
華奢な身体でときには不安気にどうにかやってこられたことを思い出しているような状況でしょう。
若いふたりにはこの先も幾多の苦難が待ち受けています。
何か分からないもの、得体の知れない不安に追われているような心境で頑張ってきたのだと歌うのです。
ふたり乗りの自転車が倒れそうなのも、ハンドルを持つ手が細いのも不安定なふたりの暮らしの隠喩でしょう。
「夏の魔物」の正体はもうすぐ分かります。
「夏の魔物」の定説
流れてしまった生命
幼いだけの密かな 掟の上で君と見た
夏の魔物に会いたかった
出典: 夏の魔物/作詞:草野正宗 作曲:草野正宗
いよいよ「夏の魔物」が登場します。
しかしその前のラインが不可解で解釈を難しくさせているのです。
若いふたりが何かしらの過ちを犯したことが示唆されています。
その過ちの正体ですがこの曲にまつわる王道の「定説」に従いたいです。
簡潔に述べると「夏の魔物」はふたりが作った子どものことだといわれています。
しかし「僕」はこの「夏の魔物」に会えなかったというのです。
そこから類推されるのは流産でしょう。
堕胎の可能性はこの後のラインで否定されます。
幼かった故に所謂「できてしまった子」が「君」のお腹に誕生しました。
しかし流産してしまったために「僕」はその子に会えなかったのです。