「TSUGARU」は何を歌ったか
2019年9月12日発表、吉幾三の配信限定シングル「TSUGARU」をご紹介いたします。
吉幾三といえば大ヒット曲「俺ら東京さ行ぐだ」の印象が強い方も多いでしょう。
日本での最初期のラップとしてこの曲を高く評価する人もいます。
実際、佐野元春のアルバム「VISITOR」と同じ1984年に発表されました。
いとうせいこうが本格的なアルバム・デビューを果たすのは1985年です。
吉幾三は実際に黒人音楽への造詣が深く、日本でいち早くヒップホップ・ムーブメントに乗りました。
そんな彼が「俺ら東京さ行ぐだ」から35年ぶりに発表したヒップホップ・ミュージック「TSUGARU」。
タイトル通りに全編を津軽(青森県)のために捧げました。
何よりも歌詞が津軽弁です。
吉幾三自身もリスナーには分からないというほどの独特な方言で歌詞を紡ぎます。
YouTubeに公式MVが登場したのですが、ひらがなの字幕では何を歌っているのか分かりません。
しかし津軽をなめるなよという吉幾三の郷土愛の純粋さはどこまでも澄み渡っています。
標準語に近付ける形でご紹介して吉幾三が楽曲に込めた真意に迫りましょう。
深い意味を持った歌詞に涙するかもするかもしれません。
本当に魂のこもった歌詞ですから吉幾三の思いに感動するはずです。
それでは実際の歌詞をご覧ください。
そして誰もいなくなった
津軽の路上で会話を聞く
おめだの爺(じ)コ婆々(ばば) どしてらば?
俺(おら)えの爺(じ)コ婆々(ばば) 去年死んだネ
おめだの兄(あに)さま どしてらば?
俺(おら)えの兄(あに)さま 知らねじゃ私(わ)!
出典: TSUGARU/作詞:吉幾三 作曲:吉幾三
歌い出しの歌詞です。
公式MVではひらがな表記の字幕でしたのでさっぱり意味が通じませんでした。
ただ漢字を交えると何となく意味が分かってきます。
意訳ですが「和訳」、いえ標準語に訳しましょう。
公式MVをご覧になってない方はこのページからリンクを貼りました。
最初にご鑑賞ください。
「お前の爺さん、婆さんどうしている?
オレの爺さんと婆さん、去年死んじゃったよ
お前の息子どうしている?
オレの息子、今何しているか知らないわ!」
これは津軽の路上での住民ふたりの会話を再現しています。
爺さんや婆さんどうしているのと訊く質問に、相手がオレの爺さん婆さんは死んだと答えるのです。
青森県は住民の高齢化が進みます。
しかしその高齢者も寿命を迎えるので人口はどんどん減少するでしょう。
吉幾三はまずこうした青森県の現況を描くのです。
青森県からいなくなるのは寿命を迎えた高齢者だけではありません。
息子世代である若者たちも故郷では仕事の口がないために東京やもう少し栄えた土地へ向かうのです。
青森県は本当に風光明媚な土地ですが観光だけでは食べていけません。
「失われた30年」で国力自体が疲弊しています。
東京ですらGDPが下落していますから、地方の経済はさらに壊滅状態です。
それでも「俺ら東京さ行ぐだ」と若者は東京を目指します。
親世代は今、息子がどこにいるのかさえ分からないのです。
明るいヒッピホップに乗せていますがかなりシビアな状況を歌っています。
ラップというものはそもそもこうした現状への嘆きでありブルースとゴスペルを始祖とするのです。
長男は東京で消息を絶つ
東京(かみ)さ行ったって 聞いたばって
東京(かみ)のどのどさ 行ったがや?
さっぱど分(わ)がねじゃ! 俺(おい)の兄!
バカコでバカコで しかたねね!
出典: TSUGARU/作詞:吉幾三 作曲:吉幾三
「お前の息子は東京に行ったと聞いたけれど
東京のどこに行ったの?
さっぱり分からないわ オレの息子なのに!
バカでバカで仕方ないよ」
息子は便り一本も寄越さずに東京のどこかで暮らしています。
東京の暮らしも楽じゃないです。
家賃と物価が高いですから、賃金が地方よりも恵まれていても足りません。
息子は息子で彼なりに苦労をしながら東京暮らしをしているのでしょう。
結婚できる資金もないのかもしれません。
親は心配で仕方がないでしょう。
バカな奴だと言い放っていても心のどこかでは息子のことを思っているはずです。
しかし便りも寄越さないという点に故郷を棄てたのではないかという疑いが滲みます。
故郷で暮らしている親にとっては故郷を棄てられるということは自分も否定されたということ。
息子に対して疑心暗鬼になっている心模様がうかがえるのです。
青森県は農業も漁業も林業も盛んでしょう。
第一次産業は順調なのかもしれませんがその他の産業が奮いません。
都道府県別のGDPを調べてみると青森県は上昇傾向にあるのですがそもそもの経済規模が小さいです。
県民一人あたりの所得も全国の中では低い方になっています。
総人口は秋田県に次いで全国ワースト2位の減少傾向です。
吉幾三が今この時期に奮い立ったのは意味があることなのでしょう。
戻ってこない子どもたち
長女は今何を思う
おめだの姉(あね)さま どしてらば?
俺(おら)えの姉(あね)さま アメリカさ!
嫁コさなったって 何年たてば?
戻ってこねねろ バカコだね
出典: TSUGARU/作詞:吉幾三 作曲:吉幾三
「お前の娘はどうしているの?
オレの娘はアメリカに行ったよ
お嫁さんになったんでしょ もう何年経ったの?
こっちにはもう戻ってこないわ あいつもバカな娘だね」
次はオレの長女の話になります。
彼女は国際結婚のためにアメリカ合衆国で暮らしているようです。
もう青森県には戻ってこないだろうと親は嘆きます。
アメリカ合衆国は経済が絶好調ですから国際結婚自体はおめでたいことでしょう。
無事に嫁に出せたことは親にとっても嬉しいことです。
しかしアメリカ合衆国から帰ってくる気配がない。
たまの休みを利用して故郷に帰ってきて欲しいと願うのですが思いは届きません。
ここで長女の話題で国際色を出したことは非常に効果的です。
青森県と東京の比較だけではどうしても閉塞さを感じるかもしれません。
海を越えてアメリカ合衆国に渡るというスケールの大きさを感じさせることで作品世界が広がるのです。
この長女に関する話題はまだ続きます。
先を見ていきましょう。
子ども世代の不義理に泣く
わらしコ出来だって 聞いだばて
男(おどこ)わらしな! 女子(おなご)だな!
祝いの 銭(じぇん)コも 包まねで
ホントに迷惑(めわぐ)ば かけでらじゃー
出典: TSUGARU/作詞:吉幾三 作曲:吉幾三