「ちこくしちゃうよ」と青春
何度も歌い継がれた名曲
2005年5月25日発表、いきものがかりのインディーズ通算3作目のアルバム「人生すごろくだべ。」。
このアルバムに収録された楽曲「ちこくしちゃうよ」。
2008年に発表された彼らのメジャー通算2作目のアルバム「ライフアルバム」リアレンジされて再収録。
これぞいきものがかりというような牧歌的なサウンドと歌詞でいつまでも愛される名曲です。
高校生活で自転車通学する際の恋愛風景を描いています。
まぶしく見える君の凛々しい姿に恋する女子高生の気持ちを丹念に書ききりました。
大人の恋愛では味わえない初々しさ。
いきものがかりの基本姿勢はティーンエージャーに寄り添うものなのだと実感されます。
もう一度、こんな恋愛をしてみたいものです。
青春真っ盛りの若いリスナーも、かつての若い心を思い出したいリスナーも満足できる楽曲であるはず。
どんな恋愛風景なのか実際の歌詞を読み解いて解説いたします。
それでは歌い出しから歌詞を見ていきましょう。
恋の季節の歌
どこまでも牧歌的な青春の風景
鼻歌が聞こえてる 君の声に似てるね
透き通る太陽と 光のにおいがした
出典: ちこくしちゃうよ/作詞:山下穂尊 吉岡聖恵 作曲:山下穂尊
歌い出しです。
投稿途中の朝の風景が清々しい。
語り手のあたしは毎朝出会うたびに君への恋心を募らせる女子高生です。
何もかも懐かしい風景。
この景色の中に飛び込んでいけたらどれだけ幸せになれるのかなどと考えてしまいます。
君は自転車通学しながら鼻歌を歌うという、ちょっとそれどうなのと思ってしまう男子。
自転車通学中にイヤフォンしながら駆けるよりはマシなのかも。
こののんびりとした空間がいきものがかりの世界の魅力です。
牧歌的な青春の風景。
追憶を巡らせる年上のリスナー、今朝の登校を思い出す現役リスナー。
どちらの需要にも応えるだけの質の高さが売りです。
太陽が透けて見えるのは暑い季節ではないよう。
夏休みはそもそも登校しません。
秋風吹く季節か冬の高い空を想像します。
光によって植物の匂いが沸き立つならば春の可能性もあるでしょう。
恋の季節は主に春と秋です。
いずれか好きな季節をこの歌詞に投影してみてください。
飛行機雲は希望の徴(しるし)
自転車だからこそ風情がある
この坂道を勢いつけて 今走る 走る
ヒコウキ雲がまっすぐ空に 白く描く 道すじ 希望
出典: ちこくしちゃうよ/作詞:山下穂尊 吉岡聖恵 作曲:山下穂尊
自転車で走る風景です。
高校生はオートバイの免許も取れますが、この歌詞には似合いません。
北野武監督の映画「キッズ・リターン」を大絶賛した映画評論家の淀川長治。
彼も映画の中で自転車ふたり乗りのシーンを称賛します。
「自転車なのがいい。オートバイじゃ台無しだ」
淀川長治の言葉です。
音楽にも映画にも大事なものは風情でしょう。
その点で自転車の方がオートバイよりも断然風情があります。
山下穂尊も吉岡聖恵もその点にはかなりこだわっていたはずです。
高い青空になびく飛行機雲。
その一直線の道筋が彼女たちを支援する希望のような存在に思えてくるのです。
飛行機雲の目指す先に目的地があるとしたならば、そのことを希望の徴と考えるのも当然でしょう。
あたし視線の片想い
登校よりも君と出会いたい
自転車に乗って 走る君の肩追いかけ
気付かないでよ 気付いてみてよ
目が合えば恋になりそうで
自転車に乗って 遅刻しちゃいそうだよ今日は
晴れた今日の日 ヒコウキ雲を
のんびり見とれ走る 君追いかける
出典: ちこくしちゃうよ/作詞:山下穂尊 吉岡聖恵 作曲:山下穂尊
気になる君の方があたしの先を運転しています。
揺れる乙女心で好きになるかならないかの辺りでゆらゆら揺れているのでしょう。
あたしの存在が君にとってどういう風に見られているのかはブラック・ボックスの中です。
あくまでもあたし視線で片想いの恋心を書き綴ります。
果たして君はあたしの恋心に気付いているのでしょうか。
君の眼中にもないというような寂しい話をいきものがかりは描かないような気がします。
若い頃、多くの人が経験する淡い片想い。
リアルでは成就することの方が少ないのは、おそらく若い頃の愛は観念で完結してしまうからでしょう。
相手の理想化・偶像化をする中、大切に想いすぎて現実に裏切られてしまうのです。
しかし「ちこくしちゃうよ」には片想いの行く末は描かれません。
安心して若い恋心と対話することができそうです。
さり気なくタイトル回収がなされています。
これだけ君に意識を奪われていたのならば遅刻するのも仕方のないことでしょう。
まず何より優先順位として登校よりも君との出会いの方が高く設定されています。
このように片想いの状況はありありなのですが、あたしは目を合わせると恋に落ちることを心配するのです。
恋に対して臆病な側面があるのでしょう。
あたしはまだ幼さが残る女子高校生です。
まだ「肉食女子」なんて言葉もなかった時代の歌。
恋に尻込みするくらいの女性像が人々の心を掴みました。
目の前には好きになりそうな君の姿、天を仰げば一直線になびく飛行機雲。
青春の光景としては完璧な朝の風景でしょう。
ただし、あまりにキョロキョロしていると「ちこくしちゃうよ」とは思います。