dicot「あの素晴らしい愛をもう一度」
「あの素晴らしい愛をもう一度」は、加藤和彦と北山修によって作られた楽曲。
現在では、数多くのアーティストによってカバーされており、dicotもその中の1組です。
今回は、そんなdicotによってカバーされた「あの素晴らしい愛をもう一度」をご紹介します。
dicotのカバーでは、パンクを基調としたアレンジに変化。
伝統的なフォークの装いの原曲から、若者にも幅広く響く形へとサウンドを組み立て直しました。
作詞を担当した北山修は、この楽曲にどのような意味を持たせたかったのでしょうか。
また、この楽曲が幅広い層に受け入られている理由にも迫ります。
それでは早速、冒頭から見ていきましょう。
心で繋がっていた恋人たち
命をかけられるほどの恋
命かけてと誓った日から
素敵な思い出残してきたのに
出典: あの素晴らしい愛をもう一度/作詞:北山修 作曲:加藤和彦
この冒頭の歌詞から推測できるのは、これがある恋人たちの話だろうということです。
出会って突然恋に落ちた2人。
仲が深まれば深まるほど、お互いがお互いのことを好きになっていきました。
相手のためなら自分の命をかけられると思うほど、大切な存在だったのだということが分かります。
2人だけの思い出を紡ぎながら、たくさんの幸せな時間を過ごしてきた。
しかし、いつしか時の流れとともに2人の気持ちは徐々に変わっていったのでしょう。
このパートでは、2行目の文末表現によって以前のような2人ではないのかもしれないということを推測できます。
命をかけてもいいと思えるほどの相手でもいつの間にか愛は形を変えてしまう。
このパートからは主人公の心に漂う切なさが感じられます。
心が通わない2人
あの時同じ花を見て
美しいと言った二人の
心と心が今はもう通わない
出典: あの素晴らしい愛をもう一度/作詞:北山修 作曲:加藤和彦
同じ光景を見ながら、同じ感情を感じられるということは、2人の相性が良いということでしょう。
普段はお互いに補い合う部分がありながらも、感性の部分ではどこか似ている部分がある。
だからこそ気持ちが通じあったり、お互いの素敵さに気付けたりしていた。
しかし、今ではどちらかが美しいと思う光景を見たとしても、もう一方は必ずしもそうではない。
それは時の経過によってもたらされた変化によるものでしょう。
人間というのは常に変化していく生き物です。
今までとは変わっていってしまうのは仕方がないこと。
しかしその変化によって以前までは心が通い合っていたのに、心が通わなくなってしまったのです。
気持ちが一方通行になってしまったことに、主人公は寂しさを感じているのでしょう。
変わっていく愛の形
失われた愛情
あの素晴らしい愛をもう一度
あの素晴らしい愛をもう一度
出典: あの素晴らしい愛をもう一度/作詞:北山修 作曲:加藤和彦
そして、このサビのフレーズへと入っていきます。
この楽曲のタイトルでもあり、何度も繰り返されるフレーズです。
キャッチーでありながらどこか憂いを感じさせるメロディで歌われる言葉。
今ではもう以前のような2人ではなくなってしまった。
けれど、主人公にはまだ以前のように2人で幸せな時間を過ごしたいという気持ちがあるのでしょう。
それは願いや祈りのような言葉となって、このフレーズに表されています。
もし2人が元通りになったとしても、以前と全く同じにはなり得ません。
そのことを分かっていながらも、愛を求めている主人公。
どれだけ愛し合っている2人であっても、その形はいずれ変わってしまうかもしれないのです。
戻っては来ない愛を求めることの悲しみを感じさせるフレーズです。
夕焼けの色
赤トンボの唄をうたった空は
なんにも変わっていないけれど
出典: あの素晴らしい愛をもう一度/作詞:北山修 作曲:加藤和彦
彼の頭上にある空の色。
1行目の「赤トンボ」という言葉から推測できるのは、この空の色が夕焼けであるということです。
ここでいう「唄」というのは、童謡の「赤とんぼ」のことを表しているのではないでしょうか。
日本人ならば聞いたことのある有名な童謡の1つです。