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2015年09月09日更新

X JAPANのギタリストとして有名なHIDEっていったいどんな人?

ヴィジュアル系というジャンルを創り出し、90年代を代表するモンスターバンドとなった、X JAPANのギタリストとして不動の地位を築いたHIDEとはいったいどんな人なのか。 未発表曲であった「コギャル」の発売、ドキュメンタリー映画「JUNK STORY」の公開など、再び注目が集まってきている彼の魅力に迫ります!

X JAPANのギタリストHIDEって??

hide(ヒデ、本名:松本 秀人(まつもと ひでと)、1964年12月13日 - 1998年5月2日)は、日本のミュージシャン、シンガーソングライター。X JAPANのギタリストである。X JAPANでは大文字で「HIDE」、ソロ活動では小文字で「hide」と、表記を区別している。

出典: https://ja.wikipedia.org/wiki/Hide

親交のあったBOOWYのギタリスト、布袋寅泰氏から「赤髪のエイリアン」と形容された、特徴的なピンクの髪の毛、目、奇抜な格好など、約20年前にも関わらず、全く古さを感じさせない出で立ちで、音楽のセンスだけではなく、流石、ヴィジュアル系のカリスマ中のカリスマだけあって、素晴らしいヴィジュアルのセンスも持ち合わせていますね。

HIDEって昔はどんな人だったの?

HIDEさんって、昔からこんな派手な人だったのかな・・・?

多くの人はそう思うかもしれません。

しかし、幼少期までさかのぼると、そうではないことが分かります。

少年時代は肥満から来るコンプレックスのため、内気で大人しい子供だったという。祖父の「松本家から医者を出せ」という命令もあり、小学校の卒業文集の将来の夢の欄には「医者になって見放された患者さんを助けてあげたい」と綴っている。

また、教育熱心な家庭であったのか、学習塾や習いごとに通う忙しい小学生であったという。アメリカへの集団でのホームステイも経験している。その当時を知る人は、少年時代のhideからはテレビなどで活躍するhideの姿はとても想像がつかなかったと語っている

出典: https://ja.wikipedia.org/wiki/Hide

驚いたことに、幼少期の頃は太っていたようです。

その当時通っていた小学校での昼休みに、太っていた生徒が集められて、校庭を強制的に走らされていたようで、そのことがものすごい屈辱だったと、HIDEさん本人がずっと言っていたようです。

さらに、将来の夢が「医者」だったとは、驚きの連続ですね。

しかし、中学生の頃にHIDEさんに転機が訪れます。

ROCKとの出会い

中学生の頃、初めて聴いたキッスのレコードに大きな衝撃を受け、ロックに目覚める。以後は俗に言う「ロック少年」となり、様々なロックを聴き漁るようになり、その中でキッス(特にエース・フレーリー)、ザ・クラッシュ、アイアン・メイデン、ディープ・パープル、ヴァン・ヘイレン、ダムド、レッド・ツェッペリン(ジミー・ペイジ)、ジャパンなどに影響を受けた。

出典: https://ja.wikipedia.org/wiki/Hide

その転機とは・・・そう!「ROCK」との出会いです!!

DEEP PURPLEやLED ZEPPELINは僕も大好きで、ROCK好きの親父の影響で僕も聞くようになりました!

しかも、HIDEさんがロックに目覚めた頃とちょうど同じ時期ですね。

そして、ROCKに目覚めたHIDEさんは、どうなったのか??

その後、エレキギターを手に入れたが当初はバンド活動はしておらず、そのまま県内屈指の進学校の高校へと進学した。その進学した高校が「エレキ禁止」であったためにバンドを組めずにいたが、不良の溜まり場などと言われていた横須賀のどぶ板通りに出入りするようになり、そこで出会った仲間達とバンドを結成する。このバンドがX加入以前に活動していた唯一のバンド、「サーベルタイガー」となった

出典: https://ja.wikipedia.org/wiki/Hide

そう!HIDEさんは、エレキギターを手に、バンドを組んだのです!

その名も「SABER TIGER」

「SABER TIGER」は、ヴィジュアル系へヴィメタルバンド

X JAPAN時代からではなく、この時からすでにものすごい派手な格好でバンドをやっていたようです。笑

またライヴはもちろん、私生活も激しかったようで、
「関東三大粗大ゴミバンド」と呼ばれていました!

あれ?残りの二つは?と思った人もいるでしょう。

なんと、残りの二つのバンドは、後に一緒にバンド活動を行うことになる、
YOSHIKI率いる「X」
TAIJIがbassを担当していた「ディメンシア」
なんです!

なんか、変な感動を覚えますね・・・。

幾度のメンバーチェンジをしながらも、出身地である横須賀を中心に人気を獲得し、

順風満帆に見えた「SABER TIGER」ですが、drumsの脱退を機に、解散してしまいます・・・。

HIDEさんは、バンドを組んでいた一方で、美容学校にも通っていたので、美容師一本で生きていくことを

決意したそうです。

しかし、ある人からの誘いに、再びバンドを組むことになります。

いったい、ある人とは誰なのか・・・?

「X」との出会い

ある人とは、そう!「x(X JAPAN)」のリーダーYOSHIKIさんです!

「SAVER TIGER」の解散を聞きつけたYOSHIKIさんは、すぐにHIDEさんにX加入の誘い電話を

しました。

すると、HIDEさんは、「ライブを見に行かせて。」と言い、実際にライブを見に行きました。

そのあと、HIDEさん自ら「Xに入るよ。」と申し出て、一度は諦めたバンドで再び活動するようになりました。

「X」のギタリストとしての始動

X JAPANの記念すべきメジャーアルバム「BLUE BLOOD」

『BLUE BLOOD』(ブルー・ブラッド)は、日本のロックバンド、X(のちのX JAPAN)が1989年4月21日にリリースした2作目のアルバム。メジャー・デビュー・アルバムとしてCBSソニーよりリリースされた。

メジャーデビューアルバムでありながら、オリコンの売り上げとしてはバンド最多の100週以上のチャートインを記録し、次作『Jealousy』のミリオン・ヒットに次ぐ86万枚以上を売り上げた。2007年2月14日に『Jealousy』と共に期間限定でリマスター盤がリリースされ、2008年にはリマスター盤からインストゥルメンタル・トラックを除いた「リマスターエディション」がリリースされている。

日本版『ローリング・ストーン』誌が2007年に選定した「日本のロック名盤100」では15位にランクインしている

出典: https://ja.wikipedia.org/wiki/BLUE_BLOOD

この「blue blood」というメジャーデビューアルバムとしては異例の売り上げを記録したアルバムを引っ下げて行われた渋谷公会堂で行われたライブは大成功を収めました!

このライブの様子を収録したアルバムは、「Blue Blood Tour 爆発寸前GIG [DVD] 」として、

発売されています!!

その名の通り、本当に爆発寸前といった感じです!

スタジオ・アルバム
Vanishing Vision (1988年)
BLUE BLOOD (1989年)
Jealousy (1991年)
ART OF LIFE (1993年)
DAHLIA (1996年)

出典: https://ja.wikipedia.org/wiki/X_JAPAN

x japanの人気はアルバム「jealousy」(1991年)を発売した頃に、人気絶頂期を迎えました!

1992年1月5、6、7日には、日本人アーティストとして初となる東京ドーム3日間連続公演『破滅に向かって』を開催し、延べ12万人を動員した。

出典: https://ja.wikipedia.org/wiki/X_JAPAN

東京ドームで三日間ライブをやるなんて、規模が大きすぎて、想像できないですね・・・。

もうこの頃には、モンスターバンドと化していました!!

「ソロ」としての活動

1993年から、hideさんはソロ活動を始めます!

まず、ソロデビュー作はこの曲!!

hideさんは、ソロ活動を始めるに当たって、世間からの自分に対するイメージを覆したかったそうです。

確かに、この曲は、X JAPANで激しいギターを演奏している人と同じ人が作ったとは思えないくらいポップですよね!

1994年には、初のソロデビューアルバムである「HIDE YOUR FACE」を発表!!

01. PSYCHOMMUNITY
02. DICE
03. SCANNER
04. EYES LOVE YOU[T.T.VERSION]
05. D.O.D.(DRINK OR DIE)
06. CRIME OF BREEN st.
07. DOUBT[REMIX VERSION]
08. A STORY
09. FROZEN BUG '93[DIGGERS VERSION]
10. T.T.GROOVE
11. BLUE SKY COMPLEX
12. OBLAAT[REMIX VERSION]
13. TELL ME
14. HONEY BLADE
15. 50% & 50%[CRYSTAL LAKE VERSION]
16. PSYCHOMMUNITY EXIT

ちなみに、アルバムの仮面のオブジェは映画『エイリアン』などで有名なH・R・ギーガーによるデザインだそうで、
このマスクに掛かる費用は詳しくはわかりませんが、とんでもなく高いそうです・・・。

1996年になると、レーベル会社「LEMONed」を立ち上げます。

どうして、この名前になったんでしょうか?

LEMONed(レモネード)はhideの設立したレーベルであり、英俗語である「LEMON(不良品)」に過去形の「ed」を付けて、「不良品だった」という意味を込めた命名である。また同時に、大量生産されるこの時代で僅かな確率で生産された「不良品」が、似た者同士のアーティストの中で異彩を放ち、「僕たちもかつては不良品だった」と笑えるようにとhide自身語っている。

出典: https://ja.wikipedia.org/wiki/Hide#LEMONed

このような理由があったんです!!

響きもカッコいいだけでなく、由来もカッコいいですね!

また、このレーベルは音楽をメインにしながらも様々なことをやっていました!

音楽に限らずhideが「良い」と思ったものをサポートしていくために設立された。音楽以外には、ファッションやグッズの販売店や美容院、フォーミュラ・ニッポンのチームルマンのスポンサーにもなった。毎年夏にはMIX LEMONed JELLYを開催、また千葉マリンスタジアムでのイベントなども行った。

出典: https://ja.wikipedia.org/wiki/Hide#LEMONed

ここまで様々なことをしていたんですね・・・。

当時としては、とても革新的なことだと思います。

hideさんの先を見据える能力に感心させられます。

レーベル「LEMONed」を立ち上げた年と同年の1996年に、2ndアルバムとなる「PSYENCE」が発売!!

01. PSYENCE
02. ERASE
03. 限界破裂
04. DAMAGE
05. LEMONed I Scream[CHOCO-CHIP version]
06. Hi-Ho
07. FLAME
08. BEAUTY & STUPID
09. OEDO COWBOYS
10. BACTERIA
11. GOOD-BYE
12. Cafe Le Psyence
13. LASSIE[demo master version]
14. POSE
15. MISERY[remix version]
16. ATOMIC M.O.M

このアルバムから、いくつか曲を紹介します!!

この曲は、とにかくテンションが上がります!

気分を上げたいときに聞くのに、この曲ほどピッタリな曲は他にあるのでしょうか!?

この曲は、MV(ミュージックビデオ)も、歌詞の内容も
とても面白いです。

とりあえず、何が面白いのかを知りたければ、曲をよく聞けば分かります!笑

一つだけヒントを上げるとしたら、「女の子とのカラオケでは歌いにくい」ですかね!

この曲は、hideさんの優しさが存分に詰まった曲です。

僕は、落ち込んだ時に聞くと、決まって号泣してしまいます。

この曲は、難病であるライソゾーム病を患ったファンである少女、貴志真由子さんに向けて作られた曲だと言われています。

いい意味で人泣かせな曲です・・・。

X JAPANの解散

ソロとしても充実した活動を行い、X JAPANとしても同じように活動していくのかと思った矢先、

TOSHIさんの脱退により、1997年4月に、X JAPANは解散を発表をします。

HIDEさんはTOSHIさんに同年12月31日に行われた12月31日の「THE LAST LIVE」直前まで
脱退を辞めるように説得していたそうです。

しかし、その思いは届かず、「THE LAST LIVE」をもって、X JAPANは解散していまいます。


X JAPANの解散を受けて、ファンが失意のどん底に落ちた矢先・・・。

hide with spread beaver 始動!!

なんと、「THE LAST LIVE」の次の日、つまり1998年1月1日に、hide with Spread Beaverとして朝日新聞紙上に全面広告を掲載し、活動を始めます!!

これには、ファンもとても驚いたと同時に、喜んだでしょうね!

こういった事からも、HIDEさんの優しさや、人を驚かせることが好きな部分が垣間見えます。

そして、同年1月28日に、hide with spread beaver として1st single 「ROCKET DIVE」を発売します!!

この曲は、人を励まし、前向きにさせるのにピッタリな曲です。

なにか嫌なことがあった時、何に対してもやる気が出ないときに聞くのを特にオススメします!

X JAPAN解散後初のソロシングルであり、当時解散のショックで落ち込むファンへ向けたhideからのメッセージが込められている。そのため「一刻も早くファンへ届けたかった」とのhideの言葉通り、X JAPANの最終公演「THE LAST LIVE」から1ヶ月足らずで発売された。

出典: https://ja.wikipedia.org/wiki/ROCKET_DIVE

突然の死

hide with spread beaverとして、シングル「ROCKET DIVE」を発売し、本格的な活動が始まると思われた矢先・・・

HIDEさんが、急逝してしまいます。

このことは、にわかに信じがたいことだったと思います。

HIDEさんは死の前日に、音楽番組の収録を終え、hide with spread beaverのメンバーの方々と飲み会をしていたそうです。

そして、帰宅をし、泥酔した状態で慢性的な肩こりを解消するために行う「牽引」を行ってしまった為に亡くなりました。

つまり、不慮の事故です。

この悲報に、ファンだけではなく、日本中が驚いたことだろうと思います。

また、葬儀の参列者数は2万5000人だそうで、どれだけHIDEさんが愛されていたか

がわかりますね・・・。

HIDEの亡き後

HIDEさんが亡くなってから、残りのhide with spread beaverの方々の尽力により、

「ja zoo」が製作され、1998年11月21日に発売されます。

01. SPREAD BEAVER
02. ROCKET DIVE
03. LEATHER FACE
04. PINK SPIDER
05. DOUBT'97[MIXED LEMONed JELLY MIX]
06. FISH SCRATCH FEVER
07. ever free
08. BREEDING
09. HURRY GO ROUND
10. PINK CLOUD ASSEMBLY

この中でも先に紹介した「ROCKET DIVE」を除く、特に有名な二曲をご紹介します!

この曲は、「ROCKET DIVE」と並んで、知名度が最も高い曲の一つではないでしょうか?

言うまでもなく、名曲です。
私的にhideさんのソロ活動の曲の中では一番好きで、
カラオケでもよく歌います!

歌詞、メロディー、曲の構成など、今聞いても全く色褪せていません!

最後にご紹介するこの曲は、日本人アーティストとして、当時としては珍しくスカの要素を取り入れていて、
とても軽快な印象が強く、明るい曲です。

しかし、個人的な感想ですが、どこかメロディーが切なく、聞いてるうちに自然と涙が出てきます。

最後に

最後まで記事を読んで下さり、ありがとうございました!

HIDEさんにはこの記事の内容だけでは伝えきれないくらい、魅力がたくさんあります!

だから、今に至るまで変わらず、愛され続けているのだと思います。

この記事が、HIDEさんについて興味を持って、好きになってもらうキッカケになったなら、それほど光栄なことはないです!

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この記事のキュレーター


「Rock」を好みます!

大学でも、軽音楽サークルに入っており、ヴォーカルと、ドラムを担当しています。

最近は、「Jazz」も好んで聴いています。

記事は基本、Rockに関する記事を書いていきますが、他のジャンル、ライフスタイルの記事も書いていきたいと思います!

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