亡きお母さんへの想いを歌った1曲

「蕾」はコブクロの小渕健太郎さんが亡くなられたお母さんのことを想い
感謝の気持ちを書いた曲として知られています。

何も知らずに「蕾」というタイトルや歌詞だけをみると、
「母」という言葉が出てこないのでなかなか気づきにくいと思いますが、

一つ一つ歌詞の意味を解釈していこうと思います。

是非、お母さんへの感謝の気持ちを感じながらこの曲を聴いてみてください。

コブクロの「蕾」の歌詞の意味

涙 こぼしても 汗にまみれた笑顔の中じゃ
誰も気付いてはくれない
だから あなたの涙を僕は知らない

出典: http://j-lyric.net/artist/a000656/l009da3.html

母は強しという言葉がありますが、家族や子どものために
必死になっているお母さんよりも強いものはないのではないでしょうか。


お母さんは涙をこぼれるくらいの出来事があって泣くことがあっても、
それ以上に仕事や家事に追われる毎日。

ましてや子どもの前で泣くなんてことはできずに、
汗にまみれながらも、いつも笑顔を見せていたお母さん。

辛いことがあってもいつも笑顔でいたい、
というお母さんの心情が読み取れますね。


そんなお母さんなので、周りには気づいてもらうこともできず、
自分もお母さんの泣いた姿を見たことがないと、解釈ができます。

絶やす事無く 僕の心に 灯されていた
優しい明かりは あなたがくれた 理由なき愛のあかし

出典: http://j-lyric.net/artist/a000656/l009da3.html

”絶やす事無く僕の心に灯されていた優しい明かり”それが意味するのはおそらく
「どんな時でもやさしいお母さんの笑顔」をさしているのではないでしょうか。

主人公はその笑顔を理由なき愛のあかしとして受け取っています。

お母さんの愛は見返りを求めない無償の愛ともいわれますね。

柔らかな日だまりが包む 背中に ポツリ 話しかけながら
いつかこんな日が来る事も
きっと きっと きっと わかってたはずなのに

出典: http://j-lyric.net/artist/a000656/l009da3.html

改めて話しをかける機会がなかったお母さん。

”柔らかな日だまりが包む”という表現からは既に亡くなっているお母さんに
優しく暖かい光があたっているイメージができます。

そんなお母さんに主人公はポツリと話しかけながら感情に浸る姿がうつります。

いつかお別れをしなければいけない日がくるのはわかっていたけど
お母さんの涙に気づいてあげられなかった自分を悔やんでいるような様子がうかがえます。

「きっと」というフレーズを繰り返していることで母の死を悔やむ気持ちが強く感じられました。

消えそうに 咲きそうな 蕾が 今年も僕を待ってる
掌じゃ 掴めない 風に踊る花びら
立ち止まる肩にヒラリ
上手に乗せて 笑って見せた あなたを思い出す 一人

出典: http://j-lyric.net/artist/a000656/l009da3.html

”消えそうに咲きそうな蕾”というフレーズを亡き母に重ねて歌われています。

この言葉の解釈としては、「蕾」のことを、弱々しく見える一面がありながらも
たくましく咲くかもしれないという可能性を秘めていることを表現しているのだと思います。

”掌じゃ掴めない風に踊る花びら…”からは
亡くなっているお母さんにはもう触れることができない、

そのことを悲しく感じている自分の肩にそっと
手をのせて笑顔をみせてくれるお母さんのことを思い出している様子が歌われています。

ビルの谷間に 埋もれた夢を いつか芽吹いて
花を咲かすだろう 信じた夢は 咲く場所を選ばない

出典: http://j-lyric.net/artist/a000656/l009da3.html

野生の花は咲く場所を選びまないと言われていますよね。

土があってそこに根っこがあれば、いつか芽を出し花を咲かす。


それを夢に例えて表現されています。

ビルの谷間に埋もれた夢であろうと、まっすぐに進み続ければいつかその夢は叶う。

信じていれば、たとえどんな状況あろうと夢は叶う、
それは土の中から芽吹いて花が咲くのと同じように。

僕等この街に落とされた影法師 みんな 光を探して
重なり合う時の流れも
きっと きっと きっと 追い越せる日が来るさ

出典: http://j-lyric.net/artist/a000656/l009da3.html

”落とされた影法師”というのは、花で例えると
「ばらまかれた種」として捉えることができます。

種が花を咲かせるまでにいろんな苦労を重ねていく様子を

重なり合う時の流れの中、苦労をしながらも
きっと夢を叶える日がくるといっているように感じられます。

風のない 線路道 五月の美空は 青く寂しく
動かない ちぎれ雲 いつまでも浮かべてた
どこにも もう戻れない
僕のようだと ささやく風に キラリ舞い落ちてく 涙

出典: http://j-lyric.net/artist/a000656/l009da3.html

”風のない線路道”というのは「風が吹かない線路沿いの道」という意味ですが、
想像してみると、このフレーズのように青い空が綺麗に見える光景がうつります。

しかしここでは”五月の美空”を晴れ晴れとしていて綺麗な空と感じる様子はなく
”青く寂しく”と表現されています。

この意味を考えてみると、主人公が青く寂しく感じたのは
5月がお母さんの命日だったからなのではないでしょうか。

風のない空に存在する雲は動くことがありません。
しかし雲が落ちてくることはなくプカプカと浮かんでいますよね。

その光景を「お母さんを失った自分」に例えて歌われているように感じられます。

散り際に もう一度 開く花びらは あなたのように
聴こえない 頑張れを 握った両手に 何度もくれた

消えそうに 咲きそうな 蕾が 今年も僕を待ってる
今もまだ 掴めない あなたと描いた夢
立ち止まる 僕のそばで
優しく開く 笑顔のような 蕾を探してる 空に

出典: http://j-lyric.net/artist/a000656/l009da3.html

”散り際にもう一度開く花びら”とは何の花をさしているのか気になりますね。

この曲では「蕾」が何の花の蕾であるのかは歌われていませんが、
もしかすると実在する花ではないのかもしれません。

ここのフレーズから想像できるのはお母さんが亡くなる寸前に、
主人公が「頑張れ」と両手を握って話しかけるのですが、お母さんには聴こえていません。

声の届かぬ中、お母さんは主人公の両手に綺麗な花びらを残してくれます。

それは主人公に対するお母さんの愛だったのかもしれません。