歌謡界の大物が集結して生まれたヒット曲

多才な人ジュディ・オング

ジュディ・オング【魅せられて】歌詞を解説!"女は海"に込められた意味とは?女心を巧みに歌い上げた名曲の画像

ジュディ・オングは台湾生まれの日本育ち。

日本語・台湾語のほかに英語やスペイン語など数ヶ国語を話すマルチリンガルです。

本人に語学の才能があるのはもちろん、家庭の教育方針もあったのでしょうね。

もともとは俳優としてデビューした人で、この愛らしさや美しさを周囲が放っておくわけがありません。

さらに版画家としても活動して、たびたび有名な美術展に入選するという多才ぶりを見せています。

ジュディ・オングは、台湾出身の歌手・女優・版画家。上智大学国際学部卒。出生地は台北市。語学が得意で、母語である台湾語のほか、日本語、英語、中国語、スペイン語、広東語の6言語を話すことができる。

出典: https://ja.wikipedia.org/wiki/ジュディ・オング

美人で演技が出来て歌も上手くて何ヶ国語も話せて、芸術の才能もあるジュディ・オング。

そんな彼女が1979年に大ヒットさせたのが「魅せられて」なのです。

阿木燿子と筒美京平と伝説のプロデューサー

ジュディ・オング【魅せられて】歌詞を解説!"女は海"に込められた意味とは?女心を巧みに歌い上げた名曲の画像

「魅せられて」の作詞は阿木燿子作曲筒美京平です。

作詞家の阿木燿子はご主人の宇崎竜童とのコンビで山口百恵のヒット曲を多く生み出したことで知られています。

その他にもキャンディーズの「微笑がえし」などのヒット曲を手掛け、女優としても活動していました。

大人の女性を感じさせる美人でしたから、当然そうなるのでしょうね。

阿木燿子
1971年12月に宇崎と結婚。宇崎竜童が率いるダウン・タウン・ブギウギ・バンドに書いた「港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ」は、1975年の大ヒット曲になった。その後、多くは宇崎が作曲し阿木が作詞するというコンビで、多数のヒット曲を世に出す。特に山口百恵の全盛期から引退までのヒット曲の多くは、このコンビによるものである。

出典: https://ja.wikipedia.org/wiki/阿木燿子

作曲家の筒美京平は日本の歌謡界を代表する人で多くの名曲を生み出してきた超大物です。

いしだあゆみの「ブルー・ライト・ヨコハマ」や尾崎紀世彦の「また逢う日まで」、岩崎宏美の「ロマンス」…。

特に昭和の歌謡界は彼の存在を抜きには語れないといってもいいくらいです。

彼が作曲した作品を集めたCDが何枚も発売されていて、カバーされた曲もたくさんあります。

筒美京平
1968年12月に発売されたいしだあゆみの「ブルー・ライト・ヨコハマ」が、筒美の作曲では自身初のオリコン週間1位を獲得。自身が作曲・編曲で日本レコード大賞を受賞した曲は、1971年、尾崎紀世彦の「また逢う日まで」第13回日本レコード大賞と、1979年、ジュディ・オングの「魅せられて」第21回日本レコード大賞である。

出典: https://ja.wikipedia.org/wiki/筒美京平

そしてもうひとり、”伝説のプロデューサー”と呼ばれた酒井政利

彼は南沙織や山口百恵郷ひろみなど多くのアイドルを世に送り出した人です。

歌手の才能を見極め、作詞と作曲は誰に依頼してどう歌ってもらうか。

プロデュースとはより多くの人に良い音楽を届けるために非常に重要な仕事です。

売れる売れないはプロデューサーの手腕にかかっているといっても過言ではありません。

酒井政利
大学卒業後映画製作を志し松竹に入社するもまもなく退社し、その後日本コロムビア、ソニーレコードの音楽プロデューサーとして数多くのミュージシャンを発掘、育成する。プロデュースの原点となった南沙織をはじめ、フォーリーブスやキャンディーズ、山口百恵など、アイドル黄金時代と呼ばれたこの時期、300人あまりのアイドルや音楽グループを送り出した。

出典: https://ja.wikipedia.org/wiki/酒井政利

歌謡界の大物3人が集結して生まれた「魅せられて」はジュディ・オング最大のヒット曲となります。

白い衣装を纏った彼女はまるでギリシャ神話に登場する女神のようでした。

優雅に歌う美しい姿はテレビの画面を通して多くの人の記憶に残ったのです。

異国情緒あふれる歌謡曲

海も私も美しい?

ジュディ・オング【魅せられて】歌詞を解説!"女は海"に込められた意味とは?女心を巧みに歌い上げた名曲の画像

南にむいてる 窓をあけ
ひとりで見ている 海の色
美しすぎると こわくなる
若さによく似た 真昼の蜃気楼

出典: 魅せられて/作詞:阿木燿子 作曲:筒美京平

南側に開いた窓の向こうに広がるのは青く美しい海。

青い海から連想するのは地中海ですね。

歌詞の中には出てきませんが、ジュディ・オングが白い衣装で歌う姿を見た人はみなそう思ったはずです。

純歌謡曲風のメロディーなのになぜか異国情緒があふれるように感じたのも衣装のせいかもしれませんね。

それだけエキゾチックな彼女の美しさにあの衣装が似合っていたのだと思います。

男性とふたりではなくてひとりで見る海の色がこわいと感じるのはなぜでしょう。

ゆらゆら揺れてはっきり見えない蜃気楼を若さに例えたのは、移ろいやすい心を表しているのだと思います。

ひとりの男性だけではなくてふたりの、あるいは数人の男性の間で心が揺れ動いているのかもしれません。

海の色がこわいと感じるのは、他の男性へも向いている自分の心がこわいからではないでしょうか。

彼女の美しさに恋をする男性が何人もいるとしたら、それは罪深い美しさです。

美しい海の色にジュディ・オングの美しさを重ねた歌詞は阿木燿子が最初から意識して書いたのでしょうね。