諦めがにじむタイトル
「せめて二つだけで」
2014年に発表された、クリープハイプの「本当」。
メジャーでの3rdアルバム「一つになれないなら、せめて二つだけでいよう」に収録されました。
さて、このアルバムのタイトル。
いきなり、諦めがにじんでいます。
音楽というものは大抵、最初から諦めるようなことはせず、何かしらの希望を探し出そうとするもの。
しかし、このアルバムは一つになることを諦め、「せめて二つだけでいよう」と妥協するのです。
「二つだけで」がせめてもの希望だとしても、それは「このままでいい」ということに他なりません。
とはいえ、無理をしてまで一つになるよりは、お互いの存在を認め合う方がいいという考え方も成り立ちます。
例えば、近年よく聞かれるグローバリズムという言葉を思い浮かべてみてください。
格差の拡大といった問題などお構いなしに世界が一つになろうとすることが、希望だといえるでしょうか。
そこまで深読みしてみたとき、このアルバムのタイトルには妙な説得力があることに気付かされるのです。
こうした説得力は、ある種のポピュラリティーを確立しているということの表れでしょうか。
それでいて、個人にしか分かり得ない自らの内面としっかり向き合っているのが、このアルバム。
「本当」をはじめとする収録曲の歌詞は、よくできた純文学のような深みを持っているのです。
絶妙な言葉遊び
捻くれているのか、素直なのか
少し寄ったから少し酔ったけど
帰り道急いで真っ直ぐ歩く
一言で言えば「一言で言えない」
捻くれた気持ちで真っ直ぐ歩く
あと少しで着くからね
出典: 本当/作詞:尾崎世界観 作曲:尾崎世界観
「本当」は、冒頭から言葉遊びのような歌詞が並びます。
果たして、これらを「捻くれている」と感じるか、案外「素直」と感じるか。
リスナーによって分かれるのかもしれません。
「少し寄ったから少し酔ったけど」
「一言で言えば『一言で言えない』」
「捻くれた気持ちで真っ直ぐ歩く」
同音異義語や正反対の意味の形容詞の連続といった、日本語を自在に操る技ありの歌詞です。
単なるインパクトのみならず、言葉が織り成すテンポの良さ、軽快感も生み出しています。
「あと少しで着くからね」というフランクなフレーズは、帰りを待つ彼女への言葉でしょうか。
何気ない日常感に満ちた歌詞です。
しりとり
ただいま まってた たわいもない いつものしりとり
ずっと探してた物はずっと前に見つけたんだな
じゃあねまた明日おやすみで終わるやりとり
明日も当たり前が続いていきますように
願ってます
出典: 本当/作詞:尾崎世界観 作曲:尾崎世界観
「ただいま まってた たわいもない」という「いつものしりとり」。
彼女との日常的な会話を「しりとり」という言葉で表現してみせたのは、さすがです。
考えてみてください。
日常的な会話の内容は、相手が親しければ親しい人であるほど脈絡がなかったりするものです。
つまり、どこまでいっても意味がつながらない、しりとりを続けるようなもの。
言い換えれば、そうした会話は平穏そのもの。
だからこそ、安心感が生まれるのです。
主人公は、そんな日常が「ずっと探してた物」だったことに気付きます。
さらにそれは、「ずっと前に見つけたんだな」と実感するのです。
大切なものの存在と、それを手に入れたことに気付いた主人公。
彼に心にあるのは、「明日も当たり前が続いていきますように」という、ささやかな願いです。
さて、ここまでの歌詞を「捻くれている」と捉える人がいるでしょうか。
消え去った「当たり前」
正直に言えば「正直に言えない」
捻くれた気持ちでずっと待ってる
これからもずっと
このまま まさかね 眠れない いつものしりとり
ずっと手にしてた物はずっと前になくしたのかな
じゃあねまた明日おやすみで終わるやりとり
明日は当たり前が帰って来てくれますように
出典: 本当/作詞:尾崎世界観 作曲:尾崎世界観
幸福感も覚える、冒頭からの歌詞。
しかし、「当たり前が続いていきますように」と願った後の歌詞は、新たな展開を迎えます。
「正直に言えば『正直に言えない』」
「捻くれた気持ちでずっと待ってる」
後ろめたさも漂う歌詞には、どこかギクシャクしたものを感じます。
その輪郭がくっきりと浮かび上がるのは、「このまま まさかね 眠れない」という、しりとりの後。
「いつものしりとり」は、「ずっと手にしてた物」という過去の出来事になってしまっていたのです。
「ずっと前に無くしたのかな」と思い当たるのは、「じゃあね また明日 おやすみで終わる やりとり」。
新たな願いは「明日は当たり前が帰って来てくれますように」。
「続いてほしい」という願いは、「帰って来てほしい」という願いに変わりました。
つまり、主人公は、彼女と別れたことを暗示しています。