ドジな探偵さんと探偵ごっこに夢中な少女は、ヤクザがからんだ殺人事件に首を突っ込み、危ない橋を渡る羽目になります。そして恋が芽生えるわけです。
30過ぎのくたびれた探偵くずれと、20歳そこそこで世間知らずの小娘の恋。身長差も30センチあるお2人さんのキスシーンは、この映画のハイライトと言っていいでしょう。
キスシーン?予告編にはなかったって?いやいや、ちゃんとあるんです。最後まで観ればわかりますから。
角川映画が好む筋書き
一見純情可憐な少女が、怖いもの見たさで背伸びして、犯罪や事件に巻き込まれていく。そこで知り合った大人の男と恋をする…
これこそ80年代の角川映画が最も得意としたプロットです。薬師丸ひろ子だけでなく、原田知世も渡辺典子も、背伸びする少女を演じました。
今では考えられませんが、このころは30を過ぎれば男はおじさん扱いされたものです。大人と子供のハードルが、今よりずっと高かったのです。
一連の角川映画のヒット作は、時代の産物だったのだ…そんな見方もできますね。
「探偵物語」の詞はめんどくさい。
作詞はビッグネーム・松本隆!
「探偵物語」の作詞はヒットメーカー・松本隆の手によるものです。
1980年代は松本隆の黄金期とも重なります。松田聖子のヒット曲を筆頭として、町じゅうに松本隆ワールドがあふれていました。
薬師丸ひろ子もこれ以降、「メイン・テーマ」「Woman"Wの悲劇"より」と、映画主題歌で松本とタッグを組んで、大ヒットにつなげました。
松本隆の詞の特徴―言いきらない主人公
松本隆は風景で人間心理を描きます。
彼が好むキーワード「風」はその最たるもので、絶えず移り気な人の心を象徴する言葉なのです。
また比喩表現が多く、断言を避ける傾向があります。
この「探偵物語」でも、主人公と思しき少女(薬師丸ひろ子)は、「好きよ」とは言いきりません。「好きよ」の後に但し書きがつくのです。
この回りくどさ、面倒くささが松本隆の真骨頂。松本隆の持ち味ですね。
短くて深い歌詞
さて、そのあたりを踏まえて「探偵物語」の歌詞を考察してみましょう。
驚くのはその短さ。歌詞だけ取り出すと短文なのに、歌にすると奥行きの深さがハンパではありません。
恐ろしく深遠なメッセージが、短い詞の中にギュッと凝縮されています。
安直な表現はしない―松本隆の作詞哲学
あんなに激しい潮騒が
あなたの背後(うしろ)で黙りこむ
身動きも出来ないの
見つめられて
夢で叫んだように
くちびるは動くけれど
言葉は風になる
好きよ……でもね……
たぶん……きっと……
出典: 探偵物語/作詞:松本隆 作曲:大瀧詠一
曲の発売は初夏でしたし、夏休み映画ですから季節は夏。二人の男女が海岸で対峙するイメージですね。
映画本編で海辺のシーンと言うと、ひろ子嬢を付け狙うサークルの先輩を、尾行中の優作探偵が退治するシーンがそれに相当します。
ただし場所は海岸ではなく、海沿いのホテルの一室でした。何とも情けないシチュエーションでの出会いでした。
話を外らして歩いても
心はそのまま置き去りね
昨日からはみ出した
私がいる
波の頁をめくる
時の見えない指さき
自信はないけれど
好きよ……でもね……
たぶん……きっと……
出典: 探偵物語/作詞:松本隆 作曲:大瀧詠一
映画のあらすじをそのままなぞらないのが松本隆の流儀とはいえ、ここまで来るといよいよ謎は深まるばかり。
「話を外らして歩いて」いるのは男のほうか少女のほうか?明示されてはいませんし、どちらが主語かで意味合いがずいぶん変わってきます。
こういったどっちつかずの状況を、聴き手の想像力に委ねるあたりが、松本隆の松本隆たるゆえんですね。
まだ早い夏の陽が
あとずさるわ
透明な水の底
硝子の破片(かけら)が光る
だから気をつけてね
好きよ……でもね……
たぶん……きっと……
夢で叫んだように
くちびるは動くけれど
言葉は風になる
好きよ……でもね……
たぶん……きっと……
離れて見つめないで
出典: 探偵物語/作詞:松本隆 作曲:大瀧詠一
先ほども申し上げたように、この「探偵物語」では、映画の一場面と歌詞のイメージが直結しません。
本編を観れば一目瞭然ですが、曲から思い浮かぶようなきれいな映画ではないのです。
しかしながら不思議なことに、曲の歌詞は映画の本質を余すところなくとらえています。
探偵と少女、30代と20代、大人と子供、男と女。松田優作と薬師丸ひろ子の間には、近づきがたい距離があります。
とりわけ男はためらっています。さんざん辛酸をなめてきた分、少女に触れることをためらっています。
そんなことはお構いなしで、怖いもの知らずの少女は男に訴えます。「離れて見つめないで」と。